療育手帳最終判定(その2)

先日の怪獣1号に続き、本日午後、怪獣2号の療育手帳(知的障がいの手帳)の最終判定が行われました。

怪獣1号と同じく、18歳4か月での最終判定、最後の発達検査です。

前回書いたように、2人の障がい程度が全く異なり、検査内容や時間も異なるため、同じ6月中とは言えども、2人の検査日時は別にしました。そのため、怪獣2号は本日になりました。

怪獣2号の場合、障がい程度も自閉症も重いため、まず、場所(初めてではありませんが10年ぶりぐらいに来ました)に慣れず、人に慣れず、検査以前の問題。スピーカーがあるわけではないのに、向こうの検査室から叫び声と泣き声が丸聞こえ!
私の気持ちとしては「心理の専門家集団が何をしているのだ!」状態。

細かいことは書きませんが、正確な検査はできていません。
検査自体は毎年受けているので、本人も「やらなければならないもの」とはわかっています。だから、声を荒げても部屋から出て行こうとはしませんし。ただ、場所や人への混乱なのか「イライラした中でヤケになって片付けている」という感じなので、解ける問題すら解けません。

私自身も部屋に入ったり出たりと暫く様子を見たのですが、様々な方の発達検査を担当し続けている専門家3人がかりでこれでは…と諦めました。検査は途中で切り上げました。この人達では無理!と。
それとも怪獣2号が余程例外的な存在だったのでしょうか?

最後に、心理士と親との面談があるので、言いたいことは言わせていただきました。
元々この施設の療育担当の方々には幼少期にお世話になっていたのですが、その時から、対応が厳しいなりの創意工夫のない方々でした。(実態はわかりませんが、少なくとも親には感じられないという意味です。)最後はココから出て行った身なので、今回も「やはり無理なのね!」という諦めしかありません。

怪獣2号はそんなに特殊なのでしょうか?
対応が厳しくても誠意さえあればまだここまで思うことはなかったのだと思います。
今回は本来検査だけですが、専門家に救いを求めた私が間違えだったのだと思うことにしました。
こんな怪獣2号を18年育てている私は凄い!と自分を褒めたいと思います。

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療育手帳最終判定(その1)

本日、怪獣1号の療育手帳(知的障がいの手帳)の最終判定が行われました。

療育手帳の場合、年月と共に状態が変化するため、原則として、10歳までは2年に1度、その後18歳までは3年に1度、再判定を受けることになっています。ここまでは管轄の児童相談所で発達検査を受けます。そして18歳4か月に最後の発達検査を受け、この結果が将来的な数値(区分)として確定します。最後の判定は更生相談所になります。

怪獣1号2号とも、2000年2月生まれのため、18歳4か月である2018年6月が最終判定となります。

最初の判定こそ同日に行ったのですが、諸々の事情で判定時期が少しずつずれて、気づいたら2人の更新手続きは何故か1年単位でずれていました。そのため、毎年交互に児童相談所に行くような状況になっていました。ところが、最後は年数に関係なく年齢で区切られたため最後になって同時ということです。

とはいえ、2人の程度が全く異なるため、当然、検査内容や時間も異なります。(発達検査の種類も異なるはずです。)そのため、同じ6月中とは言えども、2人の検査日時は別にしてもらいました。怪獣1号は本日、怪獣2号は月末です。

手帳更新のための発達検査の場合、検査結果(正確なIQ)は教えてもらえないため、正誤状況などはわかりません。ただ、子供だけで検査を行った後、親からの生活面の聞き取りなどが行われるのですが、その時の話では、「全体としてバランスよくできていた」ということでした。

自閉症の子は、得手不得手の差が大きい場合も多く、検査の種類によっては、怪獣1号もバラツキが出やすいものもあります。ただ、前回再判定の発達検査後にも同じようにバランスの良さは指摘されていました。前回詳しく説明していただいた内容からすると、

・典型的な自閉症の思考回路ではない
・通常の思考回路で正解に辿り着こうとしているが知的面の弱さで答えに辿り着かない

ということだそうです。要は通常発達の方の思考を右回り、自閉症の方の思考を左回りとすると、怪獣1号の場合、少なからず自閉症はありつつ、基本的に右ルートなものの、その少し手前で止まって正答に辿り着かないということが多いそうです。正解かどうか、という見方とは別に、どちらのルートで考えているか、そのルートでどこまで進めるか、という点をみていくのが本筋のようです。怪獣1号には「じっくり考える時間を与えてください」と。前回は中3の半ばにこのこの検査を受けたこともあり、高校進路については本当に悩みました。既に卒業しましたが、結果として、高校は本人の適正に合っていたのかな、と思っています。

今回も同様な意見をいただきました。
怪獣1号は、親がレールを敷いてしまえばその通りできるのはわかっています。
しかし、普通の同年齢の方より考える力が少し弱いのも明らかです。
だからこそ、「自分で考え判断する力」を身につけていけるよう、その結果「自立」できるよう、親や周囲の「ヒントの与え方」がポイントなのかな、と改めて感じたところです。

これからも、彼のペースなりに1つずつ一歩ずつ進んで行って欲しいです。

杖も種類がありすぎて…

父の足の状態か思わしくありません。

以前書いた通り「要介護2」と出たそうですが、ここ1〜2ヶ月で症状が一気に進んでいるのが気がかりです。幸い、頭はいたって元気で、足と手の筋力の激減です。

そんな父に適した杖を、と思ったのですが、こればかりは、本人がいないと選べないですね。
先日、大学病院内の介護用品を扱っているショップに行ってみました。試しに買うにしても、金額はさておき、同じようで細かく見ると違う杖たちがたくさんありました。足だけが弱いなら、見た目で選んでも良いかな?とふと思ったのですが、父の場合、握力も弱っているので、どのタイプなら握りやすいか?まで考えると全くわからないのです。

取り急ぎ、カタログだけ貰い、父に送りました。
杖はもちろん、雨の日対策らしく、杖の先に付ける「滑り止めのゴム」なるものもあるのですね。
今の杖にそれが付けられるかはわかりませんが、せめてそれがあるだけでも安定感が増すのかな?と思っています。一度、父を連れてショップに直接行ってみたら良いのかな?(はて?いつ行けるのだろう?)と悩むところです。

9年間の感謝を込めて…

20180412

怪獣2号が小3終わりから、週1ながら9年通った「障がい児放課後ディサービス施設」の1つを3月末で卒業した話は以前書いた通りですが、

http://manbowakemasa.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/2-ba7b.html

その施設との最終面談と挨拶に、やっと行ってきました。

本当は、年度末までに行きたかったのですが、2人分の進路対応で時間が取れず。
親子とも新しい環境になるため、新生活2週めにあたる今週でセッティングしたら本日となりました。

9年の間、当然ながら責任者やスタッフは少しずつ変わりましたが、少しずつ引き継がれ、9年間途切れることなく継続したフォローをしていただき、本当に安定した居場所として定着していました。

特に、今の責任者の方は、ちょうど夫の最初の緊急入院騒動の頃に着任した方というのもあり、その後に起きた度重なる我家の騒動にも諸々対応していただき、怪獣2号本人よりも、私が倒れないかばかり心配していただきました。

今回は、9年間のまとめとしての面談、お礼としての面談、そして、今後の福祉サービスの利用に関しての相談、諸々話をしてきました。

この9年間での怪獣2号の変化なりを、学校とはまた違った視点でとらえて、話をしてくださるところに、本当によく見てくださっていたんだな、というのが伝わってきます。怪獣2号は、慣れてくるとその人との距離感が近くなりすぎてしまうことが「今の」課題ではあるものの、以前はその近すぎる距離感のスタッフがごく限られていたこと、それがこの1年でその曜日にいるどのスタッフとも「近すぎるのは課題といえども」関われるようになってきたこと。「どのスタッフでも対応できるようになったこと」を優先すれば、それは本人にとっても良いことであり成長であり。この1年は、すっかり全スタッフにとって可愛い存在になっていたようです。家でも学校でもその施設においても、1対1でスタッフが必要なぐらい、本当に「手がかかるタイプ」なのですが、そんな怪獣2号を可愛いととらえ、その上で、指導なり対応なりしてくださった全スタッフには本当に感謝しかありません。

今日も話をしていてスタッフと意見が一致したのですが、この1年、仕事や進路で、私自身が様々な事に対して余裕がなかったのだと思います。それまで、怪獣2号の発する言葉や行動で「イライラ」していた事に対して、ここ数週間、仕事を辞めてから、違う視点でとらえられるようになってきました。「彼の言葉や行動には理由があるのかもしれない」「無理な事を繰り返し言う時(特に卒業して無くなったイベントなど)は自分自身を納得させる行動なのかもしれない」というのが見えてきたのです。「〇日に△△へ行きたい」と繰り返し言ったとしても、その日になったら言わないのですから…。そう考えると、今までは「繰り返し繰り返い言ってうるさいなぁ」と感じていたことも、うるさく感じなくなるから不思議です。むしろ、この繰り返しで自身を納得させて最後は落ち着いて過ごせる!のですから。

普通の方々と方法は違うとはいえ、それが怪獣2号自身の「自分自身へ落とし込む手段」なり「ストレス解消法」と思えば良いだけなのですから…。

そして、私自身や兄弟が怪獣2号に対する負荷を減らすために、今後、福祉サービスをどのように取り入れ利用していくか、どう利用していくのが良いのか。この4月から私が毎朝夕送迎している状況も含め、これからの課題となりそうです。

今日の面談で、学校とは違う視点での総括をして、課題を明らかにできたかな、という感じです。今後は直接関わることはなくなる施設なのですが、今、通所している施設と同じ法人ということも含め、今後も少なからずスタッフにはお世話になりそうです。

これで、昨年度中に終わらせるはずだった事が、全て終わりました。

思い入れがありすぎて、感謝がありすぎて、面談の前も後も泣いていた私です。
最近、涙もろいですね…。

画像は、この4月から送迎の2往復の時に通過する「大綱橋」(横浜市港北区/綱島駅すぐ)上で撮影した東横線通過の図。よく見たら車両が東横線ではなかったけれど。

怪獣2号放課後ディその1卒業

怪獣2号が小3終わりから週1ながら9年通った「障がい児放課後ディサービス施設」の1つを本日卒業しました。

ここは、行政がこの「障がい児の放課後支援制度」を始める前から、港北区で初めて定期的(曜日固定)な放課後支援を始めた施設。開設当時から通っていました。
放課後ディ制度自体が高校卒業までのため、3月いっぱいの今週で卒業ということです。

今でこそこの種の施設はたくさんありますが、全ては制度が整った後のここ3-4年以内の開所です。そして、今でこそどの施設も自宅送迎してくれますが、当初は保護者が終了時間に施設に迎えに行っていました。

とはいえ、我が家の場合は、夫や私の入院で、臨時送迎をお願いしたり、特に夫の緊急入院時は、学校→この施設→緊急宿泊のある施設と連携していただいたり、本当に無理無茶特例ばかりお願いしていました。

明日は中2終わりから週2利用していた、もう1つの放課後ディ施設の最終日。
この2箇所で週3、送迎付きで放課後ディサービスを利用できたからこそ、我家に緊急事態が起きても乗り切れ、私自身もこの3年長時間働くことができました。

重度知的障がいの怪獣2号なりに「最終回」というのはわかっているようで、自宅に着いてもスタッフから離れず一生懸命話しかけていました。彼らしい最後だな、と。

最後に「手作り賞状」をいただきました。学校と同じく、年に1回休むかどうかの利用者でした。
明日で本当に最後。明日も泣くかな!?

特別支援学校の選抜の時

ここ1~2週間、圧倒的なアクセス数を誇っていた記事が

『横浜市立高等特別支援学校(高等特支)の選抜』

でした。そしてそれに付随するかの如く多かった記事が

『神奈川県特別支援学校高等部(B部門)の選抜』

でした。前者は1年前、後者は3年前に書いたものです。

前者は調べていませんが、後者は12/7(木)に選抜でしたので、ちょうど1週間経った今日あたりに結果が自宅に郵送で届いている頃と思われます。前者もそう変わらぬ日程で行われるため、既に選抜が終わり、結果も出ているかと思われます。

ここ最近、特に前者の『高等特支』の選抜に関わる記事へのアクセスがダントツというぐらい多く、履歴を見ていても最初は何事かと思った程。でもそうですよね。この手の情報はなかなかないのが現実でして。(だから私はどちらも書き残したのですけどね。)

読んだところで、何か役に立っているかはわかりません。

ただ、過去問が売っているわけでもなく、本当に情報のない世界なので、(特に前者は筆記試験や作文といった内容も含まれるので)内容を少しでも知りたい!という気持ちはとてもよくわかります。

このアクセス状況を見て、「今年も選抜の時期なのね!」と実感し、3年前の我家のドタバタ通り越して毎日が綱渡りのような日々を思い出すのです。

夫が入院・緊急手術の数日後に、怪獣1号2号、双子それぞれが、ここに載せた「前者」と「後者」と続き、3日連続選抜。私は3日とも付添、それを綱渡りするために、怪獣1号選抜時には怪獣2号を施設に泊め、怪獣3号は近所の方に朝6時台から預かってもらい…よく乗り切れたな私!と思うほどです。

みなさんの進路が無事決まりますように!

高卒後の2人分の進路対応

夜中なので、既に昨日ですが、怪獣1号の高校の『授業参観懇談会』へ行って来ました。
で、高3なので学年懇談会は当然の如く『進路』の話がメインでした。

双子の高3怪獣2号の進路に関する動きは、先月、養護学校の保護者会で聞いてきたばかりなので、大変なりに動きは頭に入っています。怪獣1号も今後、少なからず『福祉の手』を借りなければならないため、怪獣1号2号で一部同じ動きを取るものもあることは、先月確認してきたのですが、その辺りの説明は、全くなされなかったことが残念。

仕方ないので、懇談会が終わってから、担任の先生に確認したものの、やはり、怪獣1号の学校は、生徒の居住地域もバラバラなので、必要な手続きの説明は今後あるとしても、基本的には各家庭で動かなければならないことが判明しました。

共通事項は、既に高2の時から養護学校に2人分相談させていただいているのですが、この状況では益々「可能な範囲ながら」養護学校を頼らないと、私、物理的に2人分こなせない気がしてきました。同じ『福祉の手を使う』といっても、2人のレベルは全く異なるので、その利用の仕方や施設も全く異なってきますからねぇ…。

今まで養護学校で鍛えた『福祉知識』をフル活用させて、学校で対応してもらわなければならないことに関しては、怪獣1号の担任に無理難題を言っているところもあるかもしれません。しかし、ボーダー域の怪獣1号本人の意向を踏まえると、夏休み返上で6週間実習など、相当厳しいスケジュールをこなさなければならないことになりそうな予測が。怪獣1号1人でもイレギュラーな事を企んでいるのに、怪獣2号と2人分、どうこなしていくか、『私1人戦略会議』が必要な状況になりそうです。

手を抜こうと思えばある程度抜けるけれど、ココで妥協するのもいかがなものか…と思うと、怪獣1号2号それぞれにbestは無理でもbetterな解を学校や本人達と考えていかなければならないのは事実。『福祉を手を使う』時点で、親の出番が大きくなることは確定ですから、考えれば考えるほど更に考える事が出てきそうで、サジ加減が難しい…とシミジミ感じて夜中まで引きずっています。

さて、無謀とわかっていながらこのイレギュラーを通すにはどうすればよいのか、連休中の宿題が増えた気分です。

横浜市立高等特別支援学校(高等特支)の選抜-備忘録

約2年ほど前

『神奈川県特別支援学校高等部(B部門)の選抜-備忘録』
http://manbowakemasa.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-366f.html

というブログを書きました。これは、我家の怪獣2号(重度知的障がい・自閉症で小学部から特別支援学校に通っています)の、高等部選抜方法について備忘録としてまとめたものです。同じ学校の高等部を希望しても、義務教育でも付属でもないため、他中学校からの進学希望者と全く同じ条件で、普通に受検が必要になるからです。
詳細は上記リンク先を見ていただければと思い、内容は省略します。

実は、同じ時に、双子である怪獣1号(知的障がいはグレー・高機能自閉症で学校の小中学校の支援学級在籍)が、横浜市立高等特別支援学校を受検していました。彼はこの受検をクリアできず、現在の私立高校へ通っているため、当時の受検内容については全く書かずに来ました。ただ、あれから2年経ち、もういいかな、という気持ちになりましたので、内容は多少変わっているかもしれませんが、当時の事を書いてみることにしました。(あくまで2年前の事ですので最新情報は確認してくださいね。)

☆平成27年度 横浜市立高等特別支援学校(高等特支援)選抜☆

注)これを読んでいる方は既にご存知かと思われますが、高等特支は横浜市立のみ存在し、日野中央高等特別支援学校・二ツ橋高等特別支援学校・若葉台特別支援学校(B部門)の3つをさします。若葉台はA部門(小学部から高等部まである)に加えてB部門が高等部のみ存在します。知的障がいが軽度(療育手帳B2かそれに準ずる者)で、作業や実習時間を多くとり、卒業後は手帳を使って就労(福祉就労)100%を目指した学校です。

〇出願までの動き
①4月終わり頃
高等特支受検希望者のための説明会が行われる。
②7月下旬
高等特支希望者全員対象の親子面談が行われる。
希望校に関係なく、希望者全員が1つの学校にて行われる。持ち回りのようで、平成27年度は日野中央高等特支が会場でした。内容からすると、「高等特支の理解度について親への確認」の意味が大きいと思われました。(卒業後は福祉就労する・高卒資格は得られないなど基本的事項の確認などです。)

〇願書受取・出願等
通常の特別支援学校に比べると動きがかなり早いです。
・願書配布および説明会
⇒3校ごとに異なりますが10月上旬で1校1日限定。
・出願
⇒11月初めに3日間限定。原則初日に出します。数日後、倍率がHP上で発表され、志望校変更期間を経て最終的な倍率が出ます。(平成27年度は、日野1.1倍・二ツ橋1.2倍・若葉台1.5倍と記憶しています。)

〇試験内容
特別支援学校と大きく異なり、2日間かけて普通に試験を行います。
公立高校と同様に、1日目が筆記等、2日目が面接です。
ここまでは3校共通です。この先は怪獣1号の受検した若葉台特支について書きます。試験内容は学校により若干違うようです。

1日目
①筆記試験
…国語・算数の試験(小4ぐらいまでのレベル)
②作文
…年によってテーマが異なるが横罫線のみのA4用紙1枚分
③運動
…ラジオ体操など・バリバリ「運動」という内容ではなかった
④集団行動
…内容的には大きなボールを運ぶなどゲームに近いもの。5~6人1チームで話し合いをしてから行動をする。話し合いの様子もチェックされている模様。(本人談)

これらを大きく4グループにわけで1時間単位で順に場所を変えて進めていました。8時すぎ集合、8時半から説明、9~13時が試験、その後翌日の面接についての説明で終わったと記憶しています。先生方付添のもと、子供達だけで動くため、親は完全に別室待機です。

2日目【面接のみ】
①生徒…先生2名:生徒1名
1人30分となっていましたが20分程度。
志望理由・中学校で頑張ってきたこと・高校で頑張りたいこと等。
②親
生徒と同様に面接を行いますが、親の面接は合否に関係ないと言われています。
子供の事全般、高校や将来的なこと、学校への貢献度等。

合格発表は、試験初日の1週間後の10時~11時に学校へ直接行き、到着順に部屋に呼ばれて通知の入った封筒を渡されました。そこで合格の生徒はジャージの採寸などの教室へ移動、不合格の生徒は帰宅…という、結果的に周囲にも結果がわかるようなシステムになっていました。(あのシーンとした中で行先で合否が周囲にわかるぐらいなら、番号張り出してくれた方が、と何度思った事か…。)

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【補足】

不合格という事実に、当時は書き残す事ができませんでした。今更な気もしたのですが、もう2年経ったので、書いてもいいかな、という気になり、書き残すことにしました。

結果として、怪獣1号は第二志望の私立高校に単願推薦で1月後半に受験・合格し、現在その高校へ通っていますが、元々、高等特支と私立高校で、出願の前日まで天秤にかけて悩む程、どちらのメリットデメリットも彼なりに理解した上で悩んでいたので、不合格になったところで落ち込むこともなく、サクッと第二志望に切り替えていました。

個人的には、2人の受検、怪獣1号の高等特支が12/2・3、怪獣2号の県立養護学校が12/4と、3日連続試験付添になってしまったことの方が大変でした。(ちょうど夫がその2週前に緊急入院、1週前に手術でしたしね。)
試験日は夫の転院日でしたが誰も付き添えず。こんな滅茶苦茶なスケジュールは二度とないと思っているほどです。

注)高等特支を不合格になって私立高校に行くという方はあまり聞きません。通常は欠員の出た分教室などに流れるようです。ただ怪獣1号の場合は、児童相談所のような相談機関や支援級担任においても「支援は必要だけど支援学校向きではない」という困った状況に置かれていたので、(今、怪獣2号通う養護学校の先生方と話をしても、弱い所は弱いののですが、ちょっとタイプが違うかな、という感じの事を言われます。)そして、今の高校で彼なりに一生懸命勉強し、楽しく過ごしているので、(私立高校という金銭面を除けば)これで良かったのかな、と、親は勿論、怪獣1号や2号に関わる先生方にも言われます。

相模原(津久井)の事件を思う

吐き出さないと爆発しそう、というか、かなり気が滅入っているので書き出すことにした。

既に連日ニュースになっているが、相模原(津久井)の障がい者施設での事件。

既にブログでは公開している通り、家族に障がい児のいる私としては、気にしないようにしていたつもりであったが、実は相当滅入っているようである。

しかも、テレビをつければ、ここ連日、トップニュースの如く登場する。最初こそ状況がよくわからなくて、逆にあまり考えることがなかったのだが、詳細がわかってくるにつれて、私の心も日に日に悲鳴を上げているようなのだ。

私自身としてはあまり考えないようにしていたのだが、我家の事情をご存じな職場の方々に「大丈夫?」的な声をかけてもらい、その時、改めて「実は辛いな」と実感した。職場スタッフ全員が知っているわけではないのだが、ご存じな方々には、「仕事をしている方が気が紛れていいんじゃない!」と言われる反面、「無理は禁物」と。声に出して言ってくれるのだ。

それだけでもありがたいことである。これには本当に感謝している。

幸い、今週は仕事が少し落ち着いているのも重なり、「帰れる時は早く帰るんだよ!」と言われたり、「今日中の仕事はないからマイペースでいいよ」など、(明日は微妙なのだが)今日までに限れば仕事が比較的落ち着いていたのもあり、ちょっとペースダウンで仕事をすることができた。もしかしたら、元々の連勤と合わせ、私の顔に「疲れた」と出ているのかもしれないが、その他含め、周りのさり気ない配慮が有り難いこの頃である。

でも、やはり、「何が」というわけではなく、茫然と今回の事件について考えてしまう自分がいるのも事実。現在養護学校高等部に通う怪獣2号も、障害児放課後ディ施設なるものを使っているし、実施、夏休みもお世話になっている。そういった意味では、我家が利用している施設は大丈夫だろううか、など、考えてしまうのも無理はないと思う。(利用時に連絡帳があったり、直接やメール等でのやりとりもあるので、その辺は本当は信頼しているのだが。)

誰だって好んで障がい者になったわけでもなければ、普通の人がある日突然、障がい者になる場合だってあるのだ。そして、そんな本人や家族の方が毎日1日1日を大切に一生懸命生きていると思っている。

今回の事件に対して、犯人に対しても、(予告後の)県警や市に対しても、報道に対しても、今でもそこで生活する方々にも、障がい者の家族の1人として思うところは色々あるのだが、今はまともな文章にならないので、今回はこのぐらいにしておこうと思う。今週心がざわついている一因であることだけは書き残しておこうと思う。

ただ、1つだけ言えるのは、誰にだって生きる権利は平等にあるわけで、「障がいがあるから」という理由で事件に巻き込まれるという事実だけは到底納得できない…ということなのだ。

1/22:療育手帳の再判定

…1月後半のイベントより第X話 (つまり事後報告編)…

午後から都筑区にある横浜市北部児童相談所へ行ってきましたrvcar
「愛の手帳」(横浜市の療育手帳)の更新に必要な発達検査を受けるためですpencil
ちなみに、今回は怪獣2号くんです。

(港北区の管轄はココ、都筑区合同庁舎内にある北部児相になります。)

※療育手帳の場合は、子供達が発達する事を加味して、「原則として」10歳までが2年に1度、それ以降が3年に1度、再判定(発達検査)を受け、更新します。
18歳すぎると更生相談所で最後の判定を受けて、それで修了=将来的な手帳になります。

2~3年に1度の検査とはいえ、今まで、毎回の如く、すんなり検査の部屋に中々入れないとか、建物にはサクッと入るけれど検査の部屋には入ってくれないとか、部屋には入っても検査が思うように進まない…etcetc、毎回何かが起きる怪獣2号くん。

今回は、車の中で、
①先生とテスト→②先生とお母さんがお話→③おうちに帰る
と内容を超シンプルに話しながら現地へ。最初に臨床心理士さんのお名前を伺って、○○先生と呼ばせて確認したら、「1番:テスト行ってきてね!」で、先生と2人ですーんなり部屋へ移動しましたflair。もちろん口はずーっと動いていたようですけどねsweat01

終了後の話では、嫌な事になるとウロウロしたりちょっと涙流しながらも、やることはやって…という、いつもの怪獣2号くんが出ていたようです。内容もできたところできないところとも、特に普段と変わらず…という感じだったので、初めてのスタッフとのテストでそれができたのなら、彼にしては花丸ものですsign01

スタッフと私が話している間も、脱走することもなく、まあ、今までの検査に比べたら、一番順調に始まって、順調に終わったような気がします。
最近特に、新しい・珍しい場所でも、騒ぐことが減ってきたような気がしますconfident

伸びしろが短くなるのに年齢はどんどん増えるため、相対的に発達指数が下がってしまうのは仕方がない事down。ただ、数値が全てではないので、その前提の中で、彼がどれだけ自立していけるか、どれだけ相手とのやりとりを理解をできるか等、残り高校3年間で、1つでも伸ばせて行けたらな、と、テストが終わるとシミジミ思いましたconfident

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