羽田空港へ飛行機撮影

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朝早々に目が覚めて、眠い~のですが、夫の飛行機撮影に付いていきました。

土曜日が丸1日仕事なところに、昨日はかなりドタバタしていて、22時以降記憶がなく。
夜中にふと目が覚めた時には、リビングでテレビも電気も点けたまま、手帳も広げたまま、携帯も広げたまま…
それから布団に移動して、爆睡したからか、眠いのにふと目が覚め、そのままフラッと。

今日は羽田空港第2ターミナルへ行ったのですが、連休中日なのに人だらけ。
駐車場も第1から第3まで満車、第4併設の別棟のみ空いている状態。(ここも帰りには満車手前の大渋滞。)

朝は南側(海側)は雲だらけでやっと太陽が見える程度でしたが、時間と共に雲がなくなり、久々に太陽が光の環と共に拝めました。

夫は超望遠レンズで場所を移動しながら飛行機撮影していましたが、私はiPhone8plusで撮影する程度です。
私にはこれで充分。

先週日曜に逗子・江の島へ行った時に、今季初めて海を見て「夏!」を感じたと思ったのに、今日の空はすっかり「秋」。

世の中は気づいたら「中秋の名月」も過ぎ、9月も半ば。最高気温も30度を下回る日も出てきて、本格的に秋の到来ですね。

最近、土曜日ヘトヘトの割には、日曜早朝の軽いドライブが日課になっているような気がするような?(笑)

本日のお気に入り画像は、3枚目の「東京スカイツリーと飛行機」です。

交通マヒ…台風15号

一昨日9/8日曜は近隣の電車は22時頃から運休になり始め、昨日9/9月曜の明け方に台風15号は逗子から千葉にかけて過ぎ去りました。

結論としては、
・夫は徒歩で透析へ⇒出社(予定が体調不良で帰宅)
・怪獣1号は電車が混乱していたため有給休暇
・怪獣2号は車なので通所
・怪獣3号は休校…朝7時で暴風警報が出ていたため横浜市立学校は休校
となりました。

東京神奈川の各社の電車は8時~8時半頃に動き始めましたが、SNS等で見る限り、駅で入場規制や乗れないなど、混乱している様子がたくさん書き込まれていました。その影響か幹線道路はじめ至るところで道路も渋滞しているという情報があり。怪獣1号と2号の動きは最後まで迷いまいした。
状況判断が少なからず弱い怪獣1号をこの混乱の中1時間かけて行かせるにはもう少し待たないと厳しいそうなので、職場と相談し、有給休暇を充てる事にしました。怪獣2号は着替えて行く気満々だったので、それでもネットで渋滞情報を確認しながら現地時間ギリギリ着見込みで出たのですが、予想以上の渋滞。同じ施設に1年半、臨時も含めれば10年以上使っている施設ですが、こんなに渋滞し時間がかかったのは初めてでした。

東横線に並行して走る綱島街道は上り下りとも大渋滞し、そのに繋がる各道路も(そこに入れないための)渋滞になり、結果的に、駅方面と、大通りに出る道が軒並み全滅でした。行きはそれでも半分渋滞を抜ければ裏道なのでどうにかなりましたが、戻りはナビに従って住宅街の中を横切るような道を抜けて家まで辿り着きました。

夕方の迎えの時には全て解消されていました。

今思えば、綱島街道に限れば、東北の大震災の後や、事故で東横線が止まった時も、このような大渋滞なり駅での混乱がありました。
通勤や通学はその時の状況判断しかありませんが、「不要不急の外出は控える」しかないですね。

しかし「現地情報はニュースよりSNSの方が早い!」というのも凄いですね…。

私の夏休み?逗子江の島散策

先に書いた通り9/6金曜に弟の四十九日法要が終わり、昨日9/7土曜は丸1日仕事で、葬儀後以来の山場1週間からやっと解放された。
久々に朝から夫とドライブ。逗子で朝食をとり、逗子海岸を眺め、江の島へ移動し、散策してきた。(横浜は当初10時から雨予報だったのでその前に帰宅…ということで。)

よく考えたら、今季初めて海を見た!

もう9月だし今日1日とはいえ、やっと私に「夏休み」が来たような気がした。海を見たり花火を見たりすると「夏休み」と思える私は単純すぎ?(笑)

ただ、7月下旬から張り詰めていたものが、やっと、少しずつ解放され始めたような気がする。

今更ながらの余談だが、江の島・片瀬江ノ島(小田急線)・江ノ島(江ノ電)・湘南江の島(湘南モノレール)など、何故カタカナ表記と平仮名表記があるのだろう?

画像1枚め:なぎさ珈琲店からの逗子海岸
画像2枚め:なぎさ珈琲店のモーニングセット
画像3枚め:江の島北側から江の島大橋
画像4枚め:江の島南側から三浦半島方面
台風が近づいているからか、晴天だったり雲が多かったり、ちょっとした場所や時間の違いで空が変化していました。


四十九日法要と納骨式

昨日、亡き弟の納骨式と四十九日法要が無事終わりました。


東京は久々の30度越えでしたが、途中曇が出たり晴れたり風があったりと、どうにか凌げました。


私は結婚直前に(祖父母への報告で)来て以来でしたが、意外と道や風景は覚えていて、サクッと辿り着きました。以前より道や緑が整備されているのか、綺麗な感じすらしました。


やはり自分より1つ下の弟が先に亡くなり、お墓に入るという現実は、言葉に表すことのできないものがあります。その反面、病気と闘う姿・苦しむ姿を見てきた身としては(最期は急変だったとは言え)痛みから解放されて良かったのかな、と思うことにしています。


終了後、久々に妹とゆっくり話しましたが、弟は私の前では最期まで「姉ちゃん!」と頼っていたけれど、妹の前では逆に「兄ちゃん」で居たかったのか?と感じました。それが弟らしいね、と。。。


昨晩、私がお世話になっている福祉・心理の関係者から、
「きょうだいは去る時に『自分』を見つめ直すキッカケを置いていってくれるのではないか。」
「墓石の前に立った時、悲しみと一緒に、何か未来へのキーを託されるかもしれない。」
と言われました。今はまだモヤっとしていますが、弟の死が何を伝えたかったのか、これから数ヶ月、1年、数年…どのぐらいかかるかわかりませんが、考えて向き合っていきたいと思っています。


両親の都合でまだ手続きの終わっていない現実と、私の性格で「グリーフ」ができていません。今までの諸々の事情から、自分で泣くことをギリギリまで我慢して、泣くことに蓋をしてしまっているようです。その「泣かない状況」を、夫の入院先や自分が入院した際に、医療チーム看護チームスタッフから心配され続けてきました。今回「泣くことの必要性」を感じながら最近やっと少しずつ泣くことが出てきました。ゆっくり時間をかけて向き合っていきたいと思います。


長くなりましたが、今の気持ちを備忘録的に書かせていただきました。


画像は霊園最寄の日暮里駅(東京都台東区)からのスカイツリーです。


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経路開拓大作成?

毎週のように、日吉の自宅と、相模原の実家を往復していますが、どうしても国道16号線に渋滞ポイントが何か所か…。

そしてもう1つ気になることが「どのルートが最短距離なのか?」ということ。

直線で行く道がないため、少なからず右回りか左回りか…それに平行する道が数本ずつ…と、私の勘とナビのおかげで「新しい道」を開拓してきました。多少混んでいても国道の方が動き出したら速かったり、住宅街の中のような道は信号多いし平均速度も遅いけれど混まない分淡々と走っていたら速かったり、よくわからないです。

今日は開拓した道を組み合わせて、「距離的には最短ではないか?」と思われる道で移動してみました。
…といいながら、スタート時とゴール時の距離を見ていないので、最短かわかりません(-_-;)
しかも帰りは、街灯少ない住宅街を走ることになり、「ここ曲がるの?」とナビと格闘(-_-;)

今日はいつもコースの1/3は占める国道16号をほとんど通りませんでした。往復とも何故か渋滞がひどくて。
それでも往路1時間25分、復路1時間20分だったので、まあ悪くはない数値かと。

道のバリエーションが増え、点と点が繋がり、運転する際に「他の道もある!」と思うと気分がかなり楽になってきました。

…それでも運転が「好きではない」私には片道30㎞の運転は私には疲れる…

怪獣3号TDLへ行くの巻

【公式】東京ディズニーリゾート・オフィシャルウェブサイト

昨日のことだが、中1の怪獣3号が、同じクラスの友達4名(男2女2)でTDLへ行ってきた。現地に7時前に着き、8時開園から20時半前まで居て帰宅。(電車移動で片道1時間45分ぐらいなので5時すぎに出て22時前帰宅。)
最初から今日の日付指定でチケットを購入していたので、台風10号による天気が心配だったが、雨が降ったり止んだりはしつつ、そこまで大変な事にはならなかったとのこと。

本人は3歳頃家族で行って以来なので記憶がないらしい。その意味では実質「初ねずみーランド」なわけで、友達も含め、買物もほとんどせず、ひたすら乗りまくって、食べ歩き・食べ待ちしていた模様。唯一被り物だけ4人で揃って買っていた。見ていないが写真は結構撮影したらしい。

(コンビニでチケット購入した直後に偶然会った)担任には話していたのに、私には誰と言ったか結局教えてくれないぞ!まあ中1男子そんなもんか。(女子はクラスかつ部活同じ子なのは何となくわかったが…。)

遠いので今回門限等は特に言わなかったが、ほぼ予想通り、20時のエレクトリカルパレードを観て現地発という流れ。

入場料中学生で6400円にも驚いたが、スマホのアプリで使えるファストパスも13歳以上から使えることも含め、今は中学生グループで行くのも当たり前なのか…とちょっと驚いた私であった。。。

まあ、夏休み早々に部活大会にピアノ発表会に…更に私が弟対応で夏休みらしいことは何一つできていないので、本人達で楽しめたのならそれはそれでよかったかな、と。

天気予報見る限り、昨日でまだ良かったのかな?今日は横浜すら風が強いですからね…。

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おまけながら、門限に煩い私の実家だったら大学生でもOK出ていないだろう…と思ったのであった。
(私が初めてTDLに行ったのは大学生時でしたが、誰と行くか、遅くなるので誰の家に泊まるか、など、まあ色々聞かれまして。)
私が門限をあまり言わないのは親の反面教師。当時を知る人はご存知だろうけど当時相当苦労したので(笑)

数あるルートに慣れてきました

私の家(横浜市港北区)から実家(相模原市中央区)へ行くまで、車で移動するには、様々なルートがあります。

なにせ、直線で動ける道がないので、いくつかの平行する道のどれを渡り歩く、ならぬ渡り走るか、なのです。

国道をメインとするルートが一番わかりやすいのですが、時間帯によっては「相当」渋滞します。

実家に車往復するようになったのは、昨夏ぐらいからなので、そのころは「寝ぼけていても運転できるのでは?」というルートを1つ確立し、主にそこを走行していました。ただ、この2か月は実家往復が基本車となり、走る回数が増えてくると、私の負担が少なくかつ時間ロスの少ない道はどこ?とチャレンジするようになりました。

行きは時間帯や曜日によって混雑状況がかなり変わるので、ナビが毎回知らないルートを表示してくれます。おかげでここ4回、毎回違うルートです。前半は同じルートなのですが、後半に「ここはどこ?」というルートが出てくるのです。でもおかげで、新しい発見もあり、疲れながらも「この道なら大丈夫だろう!」「この道の方が抜け道にはいいかも!」と思える道も出てきました。

帰りは21時~22時を走るので、どこを通っても渋滞はほぼ避けられるのですが、国道は平均速度が速すぎるとか、(私が弱いのですが)街灯で目がショボショボして疲れてしまうなどの難点で疲れてしまい…。でも国道使うのがやはり早いので、途中まで国道、途中から慣れた一般道など、組み合わせが増えてきました。

そんなわけで、元々行きと帰りで道を変えているところに、それぞれバリエーションが増え、ちょっと嬉しくなっています。
でも新しい道はどうしても「ここで曲がるんだよね?」含め神経使うので、帰宅後の疲労感は増えてしまいます。

ただ、こんなことを連日やっていたら、運転が得意ではない私でも、片道30㎞の運転に自信が付いてきました!

本庁訪問と退職手続き

今日午後、亡き弟の職場の本庁に行ってきました。(一応公務員です。)

トップへの挨拶と、退職に伴う手続きです。

本来は挨拶も手続きも両親が行くべき場面なのですが…父は車椅子による移動の問題・手も沢山の書類を記入するには厳しく、母はヨタヨタ歩きで辿り着くか不安なところに書類の山で頭が混乱するのが明らかなので(泣)、私が両親に代わって1人で本庁へ行ってきました。

手続きだけならまだしも、(こちらから希望したとはいえ)トップとの面会アポも取っているので、私にとっては喪主代行以来の一大イベント。

最初がトップとの面会、かつ初めて行く場所だったので早めに出たら、順調すぎて予定より早く着きすぎました(笑)
ただ、私に付き添ってくださることになっていた弟の上長さんが、それを見越して早く来てくださったので助かりました。
弟の職場に関することは、その方と私で直接やりとりしていたので、性格を読まれていたかも?

トップとの面会は5~10分程度と聞いていたのですが、いざ行ってみたら応接室に通され、秘書さんはお茶出してくださるし、思わず部屋の中キョロキョロしてしまいました。こんな貴重な経験なかなかないですからね。
トップには、療養休暇取りつつ最期まで務めさせていただいたこと、葬儀に参列していただいたことへ、両親に代わってお礼を伝える…だったのですが、トップの方が数ヶ月前に交代したばかりで、約2年の闘病生活の全貌はご存知なかったこともあり、逆に色々聞かれることもあり、気づいたら20分ぐらい話していたような気がします。

その後、会議室に移動して、手続き書類を1つずつ説明を聞きながら記入する作業。
単なる退職ではなく死亡退職なので、いわゆる退職金や源泉徴収の話は勿論、遺族年金、埋葬費用請求、互助会からの給付金、そしてそれらを受け取る(相続)するための手続きなど。普通の退職手続きなら自分も経験があるからまだしも、まあ、死亡退職だと手続きが倍増するのね…と感心半分、総務も大変だなぁ半分。個人情報の関係で(職場でなく)直接関係機関に連絡を必要とするものが保留になっている他は、終了させました。予想通り、この手続きだけで1時間半近くかかりました。

このような形で弟の職場の本庁へ行くことになるとは思ってもみませんでした。
ただ、付き添ってくださった上長さんが、本庁にいる弟の同期や、(場所を数年単位で点々とするので)以前の場所で一緒だった方はじめ、弟にゆかりのあった方々を見つけては声をかけてくださり、私を紹介してくださり、色々な方々に挨拶することができたことは、私としては本当に嬉しかったです。

これで、お盆明けに、弟の最期の所属場所となった事業所に挨拶に行ったらひと段落かな、という感じです。

私がふと思い立って依頼し、現在の上長さんから以前のトップの方に、弟が亡くなった事とそれまでのお礼を伝えていただけました。
発症した頃や転移してすぐの頃のトップで、大学病院にもお見舞いに来ていただいたと聞いていたものの、異動されたため今回の事やお礼を伝えたくても私では手段がなく。今日の昼にふと思い立ったので、両親にも相談せず上長にお願いしましたが、快諾していただき無事連絡が取れた後すぐ私に連絡が来ました。「お悔みと共に、報告してくれたことに対して逆にお礼を言っていた。」との事でした。私も無茶言った…と思う反面、私の気持ちを伝えそれを理解してくださった上長にも感謝です。両親には事後報告になりましたが、お礼を伝えるタイミングもありますからね。

私の代行職は当面続きますが(特に外回りや手続きが厄介なもの)、とりあえず大きなイベントがまた1つ無事終わってホッとしています。

画像は13時すぎ到着時の現地。快晴で暑かった…。
夫の職場すら(迎えで正門前まで行っても)中に入ることはまずないですからね。
ココに来ることは2度とないだろうな。幹線道路沿いなので車で通ることはあるかもしれないですけどね。

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誕生日を迎えて

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昨日は私の?回目の誕生日でした。
日曜日でしたので、特別イベントはしていませんが、夫と2人で散策していました。
自宅からテクテク歩き、元住吉の穴場な喫茶店でランチをして、武蔵小杉で買物して、帰りは電車で日吉まで戻り、スタバで休憩して…
(夫の買物が一番多かった気がするのは気のせいだろうか?父の日だからいいか?笑)

6月からまたドタバタし始めたので、何気ない日常が一番平和です。

画像は、
・ランチのドライカレーとカモミールティー@水谷喫茶(元住吉)
・武蔵小杉駅南口広場から東急スクエアと東横線
・自宅に戻ってきたら彩雲が見えたので撮影

夜のドライブ@東京タワー

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昨晩ですが、私が仕事で疲れていたからか、夫が夜のドライブに連れ出してくれました。

今回は「海ほたる」経由「東京タワー」です。
東京タワーを見てホッとするのは日本人ならではなのでしょうか?

季節柄か、東京タワーの下に「鯉のぼり」がたくさんいました。
鯉のぼりもライトアップされていました。ピンク・青・緑…と色が変化していました。

以前も思ったのですが、東京タワー周辺は外国人観光客とタクシーが多いですね。

運転手には申し訳ないと思いつつ、疲れ切っていた私は、帰りほとんど寝ていました…。

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