今日は11月10日

気づいたら11月の1/3が過ぎていました。
早かったのか遅かったのか、よくわからない感覚です。

この10日の内訳。
時間数はともあれ仕事9日。
寝倒して(正確には寝落ちして)エレクトーンレッスン行って1日。

10/30から時が止まっているような気がします。

ふと気づくと、世間はハロウィンが終わり、クリスマスモード。
(そもそもいつの間に、ハロウィンの翌日からクリスマスモードに切り替わるようになったのか?)

木々をよく見ると、紅葉が始まっていたことに今更気づきました。
10日間、毎日外に出ているのに、景色を見る余裕もなかったのでしょうか?

今思えば、昨年の今頃は、毎日、自宅最寄りの東横線日吉駅前の慶應大学日吉キャンパスの銀杏並木を見ていました。
通勤が電車だったから、というのが大きいのかもしれません。
今年は、毎日車かチャリ移動が基本なので、日吉駅に行かない事も大きいかもしれません。

今日は土曜なので、仕事でセンター北(横浜市都筑区)にいます。
昼休みなので休憩室から外を眺めてみると、街路樹の色、緑と黄色や赤が混ざっています。

ここには毎週土曜に来ているのに、色の移り変わりすら気づいていませんでした。
いや、見ていたはずなのに、目に入っていたはずなのに、脳で理解せず通り過ぎていたのでしょうね。

三男の小学校最後の学習発表会まであと1週間。
私のエレクトーン発表会まであと2週間。

今月は気づいたら過ぎ去っているのかもしれません。

その反面、毎日1日1日を大切に、着実に過ごそうとしている自分もいます。

今、私の置かれている環境の下、毎日後悔なく、精一杯過ごしたいと思います。
自分の心と身体と時間とお金と、様々なことはあるけれど深く考えず、普通に過ごすのが1番良いのかな?

9月の実家フォロー1回め

8月下旬に「8月の実家&弟フォロー2回め」の予定でしたが、夫が入院してしまったため、実家フォローどころでは無くなり、その時間は大学病院への面会時間に充てざるを得なくなりました。

そのため、既に3日前ですが、仕事休みな水曜日である9/19、この時以来、1ヶ月半ぶりに、相模原市内の実家へ行ってきました。

当初のスケジュールよりは遅くなりましたが、5月初めからずっと入院(6月に約1週間一時退院)していた弟が9/6に退院しました。舌癌の首リンパ節転移の摘出と抗がん剤治療、それによる嚥下障害が続き、結果的に4ヶ月の入院でした。まだ水分は「とろみ」をつけないと摂れないそうですが、食事そのものはほぼ普通になったそうです。実際、一見普通に過ごしていましたが、まだ声が出しにくいことと、体が疲れやすいようでした。1〜2ヶ月自宅療養の予定とのことです。

父は白内障は様子見らしく、モノが二重に見える症状は落ち着いているようです。ただ、肝心なALSの方は進行していました。手の力、特に指の力が入らなくなり、立ち上がる時や移動時に、身体を支えきれなくなっています。指を丸めて手の甲や手首で支えている感じです。目と身体の影響で、動くことが減り、余計に足腰は使わなくなる…という悪循環。難しいです。

弟が退院した分、父も母も弟も、気分的には落ち着いているように見えました。
久々に自宅でマイペースで過ごせる弟は勿論、弟が自宅にいることで父と母も落ち着いて見えました。
全てがタクシー移動だった父は、弟の車で連れて行ってもらうこともあるようです。

体調については、父は益々進行し、弟もまだまだですが、精神的に落ち着いて実家自体が少し明るく感じたのが幸いでした。

父は介護サービスをどの程度増やしていくのか、弟は再発転移しないことを祈りつつ今は仕事をできる体調に戻すことが課題なのかな。

今後どの程度の実家フォローが必要なのかは考え中です。
ただ「最後はお姉ちゃん(=私)頼み」な実家なので、ある程度定期的に顔を出して、私の経験と知識をフル稼働して、フォローしていきたいと思っています。

今まで、夫の緊急搬送入院中に、父が同じく緊急搬送入院したことがありました。
今回、弟の入院と父の進行と夫の緊急搬送入院が重なり、私は、身体の数は通り越して「心がいくつあっても足りない!」とシミジミ思いました。
これだけ重なり「平常心って何?」「状況を伝える人と範囲は?」とよく考えました。

海と珊瑚礁と

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この日以来、約4ヶ月ぶりに来ました。

珊瑚礁モアナマカイ店。
景色も食べ物も大好きな場所。

何かあると夫と2人でココに来ているような気がします。

1ヶ月以上ぶりに、夫婦2人で出かけたような気がします。
そして、1ヶ月ぶりに、真っ当な食事を摂ったような気がします。
さらに、夫の海外出張・緊急搬送・入院で、8月11日から時が止まったような感覚でしたが、やっと時間が流れ始めた気がします。

美味しいカレー(今日は浜トンカレー)と、シーフードサラダと、海と、江ノ島と。
今日は波が高く、サーファーもいました。

4年8ヶ月だけど鎌倉住民だった私にとって、鎌倉は観光地半分、元生活圏半分。
それでも、このお店、珊瑚礁は、私にとって大好きな特別な場所の1つです。


三男の小学校修学旅行終了

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我家の三男、昨日、小学校の修学旅行(正確には宿泊体験学習)の日光から帰宅しました。
移動はクラスごと1台で観光バスです。(三男は3組なので3号車。)

9/9日曜出発の2泊3日で9/11火曜夕方帰宅でしたので、本日9/12水曜は代休でした。

帰宅した際、私は夕方から仕事で本人に会えなかったのですが、仕事から帰宅したらいつもは早寝(21時台)な三男が、私の帰宅22時まで起きていてくれました。ムギューしてあげたら、サクッと寝ていました(笑)。

その代わり、仕事休みな今日、朝から、日光での2泊3日の様子を色々聞かせてくれました。
全てが楽しかったようで、1から10まで時系列で色々話してくれました。
1時間以上話していたような気がします。

内容を凄く簡略すると…
・1日め:竹細工体験・キャンプファイヤー・ナイトウォーク
・2日め:戦場ヶ原散策・龍頭の滝・華厳の滝・日光彫体験
・3日め:日光東照宮・お土産購入

一番楽しかったのは、三男本人が係として参加した、1日め夜に行われた「キャンプファイヤー」だったようです。
寸劇仕立ての進行に、先生方のセリフはアドリブ満載で、ノリノリで終わったようです。

現地の天気が心配でしたが、幸い、雨は2日めの戦場ヶ原散策の午後以降だけで済んだようです。ただ、本人の想定より涼しかったようです。

他にも、修学旅行あるある話(部屋でトランプやUNOで遊んだ…という平穏な事から、夜に女子の部屋に行こうとした人がいた…とか、懐中電灯で遊んでいて没収された人がいた…とかとか)や、雨が降っているのに外の露天風呂に行ったなど、聞いていて「オイオイ…」と思う話も多々ありました。

お土産はお小遣い3000円以内で、事前に計画を立てていたのですが、計画を私に一切見せず、こちらが不安でした。(単に事前に知られたくなかったようです。)ただ、多少変更しつつ、祖父宅や祖母宅のお菓子や家族全員分の小物、頼まれたお土産含め、しっかり買ってきました。おつり120円。あまりの使い道の良さに私がビックリしました。

いつまでも子供だと思っているのは私の方で、本人はしっかり小学6年生なのだな、と実感してしまったほどです。

海外出張から含め、父親不在4週間のまま修学旅行に突入し、本人の精神面に少なからず影響がないか不安でした。しかし、帰宅したら私に甘え、現地では精一杯楽しみ、キャンプファイヤと班長の仕事どちらもきちんとこなし、現地の様子を実況中継の如く話し続ける三男を見ていて、私の方が本当にホッとしました。クラスで一番仲の良い子が直前まで体調不安だったようで、その子と一緒に参加できたことを一番喜んでいて、三男らしいな、とつくづく感じました。

画像は今回3日間お世話になった観光バスと、お土産一式です。

小学校修学旅行を前に

我家の三男が、明日から2泊3日、小学校の修学旅行で日光へ行きます。
正確には「宿泊体験学習」と言います。(便宜上、修学旅行と書いています。)

長男が小5、2010年までは、ホテルに1泊で「修学旅行」という名称でした。
それが翌年、長男小6から、公営施設・青年の家のような施設に泊まる代わりに、同じ金額で2泊3日というスケジュールに代わり、名称も「宿泊体験学習」と代わりました。そして、丸1日日光に居る日ができたことで、戦場ヶ原の散策が増えました。長男・三男の小学校では、2011年以降、ずっとその状態が継続されています。そして、今年は明日から2泊3日です。

1つ例年と違うことは、今年は、例年の公営な宿泊施設が耐震工事で使えないこと。そのため、1泊は別の公営施設ですが群馬県の赤城、ただそこに2泊では(日光から離れているため)日光での行動時間が限られてしまうため、1泊は日光のホテルになりました。

子どもたちは、1泊公営、1泊ホテルで、ちょっと得した気分かもしれませんね。
1泊めが赤城のため、多少の変更はあるようですが、2泊するので、活動内容は例年と大きく異なることはないようです。大きく変わることは費用!団体でホテル利用とはいえ、民間より費用がかかることは免れず、例年より約1万円高いようです。例年2万円でおつりですが、今年は3万円でおつりです。
来年からは昨年までの施設が使えるので、今年だけ費用がかかるものの2泊となったそうです。

そもそも、先週火曜午後に説明会があり、そこで振込用紙を渡され、その3日後の「金曜日までに振り込んでください!」と言われた時には唖然でした。しかも、ゆうちょ窓口かATM限定…。

持ち物もほぼ自分で揃え、お小遣いの使い道計画も立て、今晩、三男と持ち物確認をしました。
日光の気候が読めないのが難点ですが、上手く組み合わせられるよう予備の長袖を持たせるなど、一部変更したぐらいです。洋服の組合せや色合わせは、日頃から本人任せですし、荷物管理も特に心配していません。

初の2泊3日!
父親が、海外出張から帰国後早々に入院したため、父親不在から4週間経ってしまいました。
その状態で日光宿泊に突入することに少なからず不安はあります。
本人は、社会科が好きなので、日光に行けること自体も楽しみですし、先生や友達との2泊も楽しみにしています。更に、キャンプファイヤー係に立候補し、校長先生も登場する寸劇含む進行を、とても楽しみにしています。(シナリオも見せてくれましたがなかなか面白そうです!しかも登場する先生方のセリフはアドリブらしいです!)

明日から3日間。
この3日間だけは、自宅での頑張りを忘れて、先生方や仲間たちと、精一杯楽しんできて欲しいと願っています。皆の体調も天気も含め、3日間無事過ごせる事を願うばかりです。


18年ぶりの新ルート

昨日8/26日曜、大学病院への面会は、道路渋滞を懸念して電車バス移動にしました。
単純に、駐車料金が高くて(通常面会は1時間400円)、4時間停めたら電車の方が安い!というのも理由の1つです。

今までの基本路線は、

・自宅-(東急バス)-最寄駅-(東横線)-
渋谷駅-(井の頭線)-吉祥寺駅-(小田急バス)-杏林大学病院前

でした。これが安いし早いし…と思っていました。しかし最近、夫が何度か試し乗りをした際、渋谷駅から変え、

・渋谷駅-(井の頭線)-明大前-(京王線)-仙川-(小田急バス)-杏林大学病院前

というルートなっていました。昨日私もこのルートで移動してみました。
たしかに、この方が早いし20円ながら安いのです。明大前での京王線の種類次第ではあるものの、仙川駅でも、駅から外に出るまで、出てからバスターミナルまで歩くことを考えても、吉祥寺駅での乗り換えより楽なのです!あとは単純に「来たバスに乗れば良い!」という単純さや、バスの本数が多く感じたこと、ターミナル駅より乗り換えが楽!などなど。

接続が良かったわけでもないのに、1時間35分で着きました。公共交通機関では早い方です。
帰りも1時間半〜40分で帰り着きました。

長男次男から合わせれば、18年半お世話になっている大学病院なのに、今更、早くて安いルート発見です!このぐらいならば、道路渋滞で2時間かかるより精神的に楽に違いない。

駐車料金(何時間停めるか)によっては、この手段もアリかな!と18年ぶりの発見でした。

真夜中の運転は違う世界

1つ前に書いた通り、8/22水曜、夫が職場から大学病院へ緊急搬送となりました。
私は職場まで車で迎えに行き、本人の容体を見て緊急搬送と決めたので、当然ながら、私は救急車に乗らず、自分の運転で大学病院へ行きました。

その時点で22時過ぎていました。
そこから25km、1時間から1時間半の運転。

夫の容体以前に、基本的に、そんな遅い時間に私が運転することがないため、それだけで一苦労。
ナビより「確実に運転したことのある道」を選んで走っていても、景色が違うといいますか、明る過ぎたり暗過ぎたり、気を抜くと、どこを走っているのか一瞬わからなくなる感覚でした。
ただ、この時間はまだ帰宅の途の車も多いようで、速く走る一般車両が多い印象でした。
まあ、それでも充分煽られているようで嫌だったのですけどね。
しかも、いつの間にか、新しい抜け道が出来ていて迷子になりかけましたし。
(新しい道ができていて、裏道が正式ルートに変わっていた、と気づいた翌日昼間…。)

更なる問題は帰り。
26時半の運転。
当然初めてです。
なんでこんな真夜中に走らなければならないの?と、眠さと怖さで半泣き状態。
とはいえ、帰らないわけにも行かず。
この時間になると、街中はガラガラすぎて、逆に信号の少ない裏道の方が車の数が多い。
時間的にトラックやタクシーばかりだからでしょうか。
皆さん速度が全体的に速い!
しかも、ライトや信号で目はショボショボし、変な緊張感がありました。
おかげで眠気は飛びました。

真夜中の運転。
景色でなく、ナビの地図だけを頼りに走っているようで、初めての私にはなかなか怖かったです。
どこかわからなくなる感覚。夜中に走っていると慣れるものなのでしょうか。

そのおかげか、今日朝夕の送迎での運転。毎日通る道。寝ていても運転できるのではないかと思うぐらい気楽に運転していました。

でもやはり、真夜中のトラックやタクシーばかりな時間の運転は避けたいですね。
一部の車には煽られて怖かったもので。。

束の間の夏休み?

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昨日は綺麗な青空!
そして我家唯一の夏休み?

夫は出張中で、長男の夏期休暇が11-15日なのに、その間私の休みが昨日しかなかったため、長男三男と出かけてきました。
次男は施設通所で朝夕送迎共ヘルパーさんに頼みました。迎えがあると、どうしても時間に縛られてしまいますから。今日のお出かけは、日頃次男のヘルプを頼まなくてもやってくれる長男三男へのご褒美も兼ねて。。

前日に長男三男と計画を立てたところ、映画とランチになりました。

映画は三者三様で、偶然、10分差ずつのスタートでした。
お盆休み真っ只中なためか、この暑さのためか、同じ事を考える方が多いのか、10時半には人だらけ。ショッピングモールのオープン10時から一気に混むと読み、9時台に着くように移動したところ(映画館用にオープン前から入れる場所がある)、サクッとチケット買えました。

ランチはトンカツに。子供達はトンカツ2枚の御膳を食べ、ご飯や味噌汁をおかわりし、私の倍は食べていました。それなのに、小学生半額!というサービス期間で(しかも入店してから気づく…というより店の外に掲示していた記憶がない…)三男は半額。おかげで我家的にはお財布に優しいランチとなりました。

三男も小6。いつまで親と出かけてくれるかわかりませんが、たまには…。

時差16時間

夫の出張先と日本との時差、16時間。
日本マイナス16時間=現地。
これが慣れません。

昨晩、日本時間22時で、現地6時。
私が仕事から帰ってきたら、「おはよう!」と。
そっか、日本は1日終わり…ですが、現地はこれから。
当たり前のことながら、16時間の違いは大きいなぁ、と。

夫は7月から、現地とテレビ会議、朝7時から・朝8時からということで、早く出る日が続いています。今更ながら、日本7時=現地15時・日本8時=現地16時、当然かぁ…と実感しています。

しかし眠い…
夫の出張中は眠れなく…は変わらないらしい。
今回は元々の睡眠障害の延長かもしれないけれど。

8月の実家&弟フォロー1回め

昨日、今月1度目の、実家フォロー+入院中の弟への面会で、相模原市内の実家と北里大学病院へ行ってきました。

今回、台風の影響で初の車移動でした。実家に車で行くときは家族一緒なので夫の運転。だから自分の実家と言えども、私の運転は10年ぶり?、かつ初めての道・助手席で見ているだけの道も運転したため、往復だけで大騒ぎな1日でした。いざナビをセットしたら実家まで30キロ。意外と遠かったのね、と今更ながら。

父のALS症状は徐々に…というより着々と進んでいるように感じました。
左手に力が入らないのは見るからにわかりました。掴むどころか、着く手すら安定感なく。右手も弱っているようには見えるものの箸は持てるのでまだ維持できているのかと。足は一見変わりませんが、手の力の低下と共に、立ち上がること移動すること自体が大変になり、身体を動かすこと自体が遅くなり減っていました。悪循環といいますか、難しいですね。
今回、3週間空いてしまったから余計にそう感じたのかもしれません。

ALSとの因果関係はないと思われるのですが、ここ数日、目の調子も良くないことがわかりました。昨日も本来はリハビリや定期通院の予定だったものの、急遽キャンセルしていました。午後診察があれば私が連れて行ったのですが、今日以降、タクシーで移動するとのことです。足腰に目まで重なれば、タクシー以外手段がありません。(母は運転できません。)

弟は、先週の抗がん剤治療に加え、昨日までに放射線治療も終了していました。ただ双方の副作用による嚥下状態は続いています。まだ自身の痰も全ては飲み込めませんし、栄養は鼻から摂取する状況には変わらず。ただ、嚥下障害用のゼリーが食べられるようになり、味覚は戻ってきたとのこと。8月末退院予定でしたが、嚥下状態の改善を見込むと1ヶ月ぐらい延びそうです。

父も弟も、自身の体調の悪化なり改善の遅さに、苛立ちが増えています。
フォローするものの役割として、全て聞いて受け止めています。
ただ、自身のことに留まらない、家族それぞれがそれぞれの方向に放つので(3人がそれぞれ自身含め3人分の意見を言えば、私は9方向の意見を聞くことになり、それぞれの葛藤や矛盾を埋めることになる。)、それが病院でなく私の役割と思いつつ、矛盾の多さやそれを埋める作業はしつつ、割り切れない量に膨れ上がっています。

次回は、父の目の状態が明らかになってからスケジュールを組む予定です。
ただ、今後は現地での移動や両親の状況を考え、車移動を基本に考えていかないとかな、という感じです。実家で車を借りるにもマニュアル車なので、私自身はマニュアルの免許自体は持っていても今更運転できないですし。。

難題山積。。

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