LoveLoveLoveへの想い♪

昨日、フェスティバル後、初めてのエレクトーンレッスンだった。

フェスティバルが終わって、「燃え尽き症候群」の如くエレクトーンの弾けない日々を過ごしていた。
そもそもフェスティバルに向けて練習が本格的になった矢先に弟の死があり、(かつて一緒に通っていたので)弾くのが辛いのに「弾くことが供養だ!」と自分をかなり追い込んでいた反動かと。

昨日はフェスティバル前にやっていたアンサンブル(君の瞳に恋してる…が途中になっていた)を合わせた後、それぞれのソロを弾いた。

私は、ドリカムの「LoveLoveLove」(1996年)を弾いた。
5月終わりからレッスンでは1~2回やったところでフェスティバル練習のため中止していた曲。
この曲を選んだ理由は、昨年末のコンサートで引いた、同じくドリカムの「未来予想図Ⅱ」の続き的な感覚。
※コンサートで未来予想図Ⅱを弾いた理由は(以前にも書いたが)障がいや病気の家族が1日での長く一緒に暮らせますように!

「LoveLoveLove」には、曲そのものが好きなこと、結婚した年に流行ったこと、病状が着々と進行している弟に向けての想い、があった。

だが、ソロを弾かないでいる間に弟が亡くなった。
弾くのが辛い。
でも弾ききって終わらせたい。

両方が交錯する中、先生に「上手く弾けなくても今日で終わりにしたい」と伝えて、皆の前で1回精一杯弾いた。
この曲を選んだ理由は先生も仲間も知っているから。

細かいミスはあったけれど、それなりに弾けた。弾ききった。
ピアノと違って電子音のエレクトーンに感情を込めるのは難しいとずっと思っていた。
先生には、最後まで弾けたことを褒められ、細かいミスをカバーするだけの感情が入っていたと言われた。

大好きだけど、ドリカムの曲は暫く弾けないかもしれない。
ただこの2曲を弾くときだけは泣けるので、自分のグリーフのためには必要な曲かもしれない。
感情の沢山詰まった曲がまた1つ増えたことには変わりない。

さて、次回から何にしようか?
ピアノ曲やクラッシックだと、弟と一緒にピアノ通って一緒に弾いていた頃思い出しちゃうんだよね♪

しかし、8月9月、私にしては、そんなに口数少なかったのかな?
コンサートに向けての練習が追い込みの頃、私の口数が少なくて心配だった、と、今更ながら先生に言われた。
自覚はないが事実なのだろう。コンサートがなければレッスン1~2か月休んでいただろうし。
逆にコンサートがあったからこそ、過密スケジュールと不安定な精神状態なりに、弾くときは気分転換できただろうし♪

まあ音楽と私は切り離せないので、これからも色々な感情を持ちながら進んで行くのでしょう…と改めて。

19歳にして日本脳炎Ⅳ期終了

我家の怪獣1号2号、現在19歳。

公的予防接種で唯一終わっていなかった「日本脳炎Ⅳ期」(旧2期)、本日接種。
これで公的予防接種がやっと終了しました。ふぅ。

この世代は、3~4歳頃にワクチン接種中止になり、そのまま放置していたところ、10歳頃になって「今から20歳までに接種してください」なる救済措置になっていました。そのため、7歳下の怪獣3号の接種に合わせて進めていたのですが、最後5年空けるところを7年弱空けてしまい、しかも20歳までに受けなければならないのもあり、今日の接種となりました。

中学生の時に麻疹風疹混合が追加されたり、まあイレギュラーはありましたが、どうにか期限内に全て終了し、ならぬ、やっと終了し、ホッとしています。

怪獣2号も、引っ越してから約6年今の内科にお世話になっていますが、先生や看護師さんや受付の方にドドドドドド…と話しかけるのは変わりませんが、待っている間は、小児用のちょっと離れたところならじっといられるようになりましたし、接種中「だけ」は静かにして全く動かなくなり、先生も(この口多動な怪獣2号とのやりとりは全くもっと困っているのはわかるものの)接種の時にじっとできるようになったことだけは評価してくださるので、どうにかなっている感じです。
やはり「接種の時じっとできない」というのは、小児科の先生ならまだしも、内科の先生には対応しきれないのは無理ないかなぁ、と。
(それでも最初の頃はちょっと無理してお願いしていたのですけどね。)

7歳下の怪獣3号ですら、予防接種の内容が少なからず変わっているので、今の赤ちゃんは一体どれだけ打つのだろう?と思ってしまいます。

怪獣3号も、13歳未満まで接種の二種混合と日本脳炎が残っていましたが、先日二種混合接種したのであとは日本脳炎を打てば終わりです。

公的接種が終わり、解放感満載です。怪獣2号の接種にスタッフ4人がかりで打っていたころが懐かしくもあり、大変でもあり、よくあの状況で接種してくれたなぁ…と、当時お世話になった小児科の先生方には感謝しかありません。

10月になりました

2019年も10月になり、あと3か月となりました。
年度で言えば、後期のスタートです。

私の場合、何故か3月の年度末と同じかそれ以上に、9月前期末の方が「何かが」起きるので、9月が無事終わりホッとしている反面、疲労困憊です。単純に月命日2度目が過ぎ、心身中から疲労なのか不明なものが湧き出ているのも事実です。

明日から仕事も後期になり、内容が少なからず変わるので、明日の準備をしなきゃVS今日まで休憩、という思いが交錯しています。

マイナスな感情や体調しか出てこないこの頃。

まず後期初日の今日は、明日の後期スタートに向けて、半分休息、半分準備で整えていきたいと思っています。

あまりに心身疲労が湧き出ているので「宣言」も兼ねて!

四十九日法要と納骨式

昨日、亡き弟の納骨式と四十九日法要が無事終わりました。


東京は久々の30度越えでしたが、途中曇が出たり晴れたり風があったりと、どうにか凌げました。


私は結婚直前に(祖父母への報告で)来て以来でしたが、意外と道や風景は覚えていて、サクッと辿り着きました。以前より道や緑が整備されているのか、綺麗な感じすらしました。


やはり自分より1つ下の弟が先に亡くなり、お墓に入るという現実は、言葉に表すことのできないものがあります。その反面、病気と闘う姿・苦しむ姿を見てきた身としては(最期は急変だったとは言え)痛みから解放されて良かったのかな、と思うことにしています。


終了後、久々に妹とゆっくり話しましたが、弟は私の前では最期まで「姉ちゃん!」と頼っていたけれど、妹の前では逆に「兄ちゃん」で居たかったのか?と感じました。それが弟らしいね、と。。。


昨晩、私がお世話になっている福祉・心理の関係者から、
「きょうだいは去る時に『自分』を見つめ直すキッカケを置いていってくれるのではないか。」
「墓石の前に立った時、悲しみと一緒に、何か未来へのキーを託されるかもしれない。」
と言われました。今はまだモヤっとしていますが、弟の死が何を伝えたかったのか、これから数ヶ月、1年、数年…どのぐらいかかるかわかりませんが、考えて向き合っていきたいと思っています。


両親の都合でまだ手続きの終わっていない現実と、私の性格で「グリーフ」ができていません。今までの諸々の事情から、自分で泣くことをギリギリまで我慢して、泣くことに蓋をしてしまっているようです。その「泣かない状況」を、夫の入院先や自分が入院した際に、医療チーム看護チームスタッフから心配され続けてきました。今回「泣くことの必要性」を感じながら最近やっと少しずつ泣くことが出てきました。ゆっくり時間をかけて向き合っていきたいと思います。


長くなりましたが、今の気持ちを備忘録的に書かせていただきました。


画像は霊園最寄の日暮里駅(東京都台東区)からのスカイツリーです。


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フェスティバルの練習と衣装

…と1つ前に書いていながら、やることは山積みです…

16日のフェスティバルを前に、練習が毎週になっていることも体力消耗の1つかもしれません。
実は、心身的に家ではほとんど弾くことができません。
弾くこと=弟とのヤマハ通いを思い出してしまうのもあります。
その代わり、毎週月曜の2時間半練習の時に全力投球している感じです。
グループ仲間といる時はしっかり弾けるのが不思議です。
私はアンサンブル大好き!と実感しますし、その時だけは全てを忘れられるのかもしれません。

さて、本番まであと1週半となり、衣装を用意しなければなりません。

私の分は、既に案を提示していたので、フェアを待って(笑)昨晩ネット注文しました。
問題は怪獣3号の分です。
本人からは「こんな感じ」と画像を見せてもらっているものの、検索してもそれが出てこない。はて?
ネット注文しても数日内には到着するので、リハーサルに間に合わなくても本番には間に合うのですけどね…。

心と身体の疲れで、弾きたいと弾けないが格闘するのもいつまで続くのか…。

疲労回復日

弟の四十九日を前に、今週かなり心身不調です。

身体が日々重くなり、日々眠い怠いのですが、3時間眠れれば良い方で…。

腸の方は、定期通院時に薬を出してもらったからか、月曜日から落ち着いています。
主治医にも「心身疲労だろうけれど、今は負荷を減らすことはできないだろうから…」と。
薬と上手く付き合いつつ乗り切るしかないかと。

今日は準備と休息に充て、明日1日乗り切りたいと思います。
交通機関の(最適な)乗り継ぎすら調べていない…(-_-;)

 

 

怪獣2号の第七感?

施設通所の怪獣2号(重度知的障がい)、1人通所ができないので、火曜日の朝は隔週でガイドボランティアさんと出かけて行きます。
(正確には行く・帰る「だけ」ならできるのですが、イレギュラーがあった時に1人で対応ができない…です。)

先週火曜日、事故で9時半頃東横線が一時止まりました。
私は実家行きの日だったので情報収集する間がなく、菊名~横浜間が止まっていることしか気づいていませんでした。

今朝、同行してくださるガイドボランティアさんから聞いて知ったのですが、実はちょうど2人が最寄駅に着いた時、事故直後で東横線がホームに停車して発車できずにいたそうです。それを見て、怪獣2号はパタッと動かなくなったそうです。いつもより静かに様子をうかがっている感じ。菊名止まりながら発車することになってからも暫く様子を見ていたと。そしてボランティアさんに促されて電車に乗り、施設最寄駅で降りてからはいつも通りに戻ったそうです。

そのボランティアさんとの通所時の交通エラーは初めてだったので、その方も怪獣2号のそのような様子は初めて見たと。
視覚情報は強いのですが、アナウンスを聞いて理解はしていないと思われるので、電光掲示板を見て単語を繋いで解釈したのか、周囲の様子を見て何かを察したのか、第七感が発動したのか?

予定外の事が起きると、通常は声が出たり、落ち着かなくなったりするタイプですが、今回は、真逆だったようです。
…というか、公共の場でのイレギュラーは意外と落ち着いている気がします。

第七感か視覚情報かはわかりませんが、察して動く力がついてきたのなら嬉しい限りです。

朝からふむふむ…と思ったので、備忘録的に。

9月になりました

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お盆明けから仕事復帰し、26日から三男の中学校が始まり、たまにUPしているとはいえ、日にち曜日感覚が鈍いまま2週間経過。

そして気づいたら今日から9月!

だから昨日8/31は某アイスクリーム屋さんが31%オフだったのか、と、今更気づきました(笑)

実家通いは週1になりました。いや、現実的に無理やり週1にしました。

でも行くと必ず予定が増えています。

未だに、ほぼ毎日、実家からメールか電話が来ます。弟の手続き関係が進まない(両親では進められない)のもあるので仕方ないとはいえ、自宅に居ても何か落ち着きません。本来10日後の四十九日および埋葬は都合で5日後ですが、それが過ぎたら少しは落ち着くのでしょうか?
…と思いたかったのですが、私が両親の代行で出向いて行う手続き等は、四十九日すぎまで一旦止めているので、まだまだですね。

こうなったら気長にやるしかないですね…。

9月は三男の前期末試験に始まり、弟の四十九日法要、三男と私はヤマハのフェスティバル練習・リハーサル・本番、三男の部活の外部発表…あとは何だっけ?と続きます。私自身は、心身ともこの1か月の疲れがジワジワ出ているので、維持なり回復なりさせたいところです。
食欲は一応あるのですが、普通量では多くて胃腸がダウンするのが難しいところです。とはいえ、元々水分摂取量が少なめで脱水になりやすいので気を付けなければならず…。やることは減らせないので、疲労回復系のドリンクか錠剤かサプリで補充しようかしら?

画像は8/27火曜に行った、亡き弟の職場建物からの景色。(職場荷物の確認と引き取りに行ってきました。)

疲労爆発?

弟が亡くなって3週間。11日(日)で実家対応が一旦ひと段落?お盆のため一旦休息し、13日(火)までは細々と予定があったので、「気づいたらうたた寝」ぐらいで済んでいたのですが、予定ゼロの14日(水)はほぼ丸1日、そして今日15日(木)も10時半頃まで爆睡していました。

昨日は、食事を作った以外、記憶がない程、私にしては珍しく夢も見ず、魘される事もなく、いわゆる「熟睡」していました。
それなのに夜も早々と寝てしまい、今日も結果的に目がきちんと覚めたのは10時半でした。

ただ、今朝後半は、前職(某ドラッグストア)と前々職(塾事務)を合わせた変な夢を見て、夢の中で頭がトンチンカンになっていました。業種が全く違うに何故混在?場所こそどこかわからないのですが、双方の実在するメンバーも登場し、目が覚めてから頭が更に混乱…。

これだけ寝続けたのも珍しいですが、おかげで、「今は」頭がすっきりしています。
…と書きながら午後昼寝していそうで怖いです…

余程心身溜まっていたのか、何なのか、自分でもわかりません。
無意識に無理していたのでしょう…と思うことにします。

来週からの仕事復帰に向けて、色々予習復習することが溜まっています。今日から開始する予定でしたが、この体調では…。
もう1日ゆっくりして明日から!と割り切った方が良さそうなイマ。。。

生きているから悩むのだ

7月25日から、時間だけが過ぎて行き、でも心の中の時間は止まったままで、気づいたら8月13日。

お盆明けから仕事復帰予定なので、理由は全く違うとはいえ、2年前と同じ状況になっている。

(2年前は心身疲労で同じく7月末からお盆まで休職、その後しばらくペースダウン復帰となった。)

ずっと何かに追われていたが、弟の件が一旦休息モードになったので、お盆明けまでは「私自身の心身状態を復活する時間」に充てる予定。

弟が亡くなって悲しいとか思い出す…という以前の問題。

やることに追われすぎて、そこから一時的に開放されて、現在「燃え尽き症候群」に近い感じかと。

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現実から離れる時間ができてしまうと「今の生活のままで良いのか?」を考えてしまう。

2年前は、職場に、プラスもマイナスも気づいて・言い合って・頼り頼られ・喧嘩もする間柄の方がいた。だから仕事はどうにか乗り切れた。
当時は仕事に関わることが大半を占めていたので、仕事が乗り切れれば、他のこともどうにか乗り切れた。

さて、今回のモヤモヤはどう乗り切るか?今日からの1週間でどこまで整理整頓できるか?何か見いだせるか?

昨年5月以降、弟が転移して再闘病生活に入ってからは、何かあると「生きているから楽しんだ~」「生きているから苦しんだ~」という某歌の歌詞のいちフレーズだけ横切る。何があっても「生きているものの試練」と捉えて乗り切ってきた。

ただ、弟が亡くなって20日弱経ち、この1年やこの20日間の経験から、「何か」がずっとひっかかっている。「何か」がずっとモヤモヤしている。
まずは1つずつ書き出すことからだろうか?

過去は変えられない、これからは変えられる。
隣の幸せを羨ましく見ていても何も始まらない。

その反面「悩める贅沢」を感じる。
「悩めるのは選択肢があるから」そして「生きているから悩むんだ~」

…今の心の備忘録…

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