増税前の駆け込み需要?

10月からの増税を前に、増税前最後の週末な昨日今日。

昨日は実家付近で、今日は自宅付近で買物をしていたが、どちらも「増税前の買い溜め」と思われる光景がある。

やはり気になるのが、ティッシュペーパー・トイレットペーパーなどの紙類、嗜好品にあたるアルコール類。

「定価であっても」お店によっては10月以降の方が還元があったりすると思うのだが、という思いを持ちつつ。

ただ、消費税導入時の3%をはじめ、5%、8%と上がるタイミングでも同じようなことが起きていたのだろうか?

私自身は記憶がほとんどないので、多分、買い溜めというほどのことはしていないのだと思う。まあ、買物ついでに1つ多く買っておこう…ぐらいのことはしたかもしれないのだが?

いま慌てて買うより、10月以降の「特売で値引きしている時」に買う方が安いし、同じ価格なら10月以降の「5%還元」のお店等で買う方が安くなるのだ。昨日買い溜めしている人を見て驚きつつも、今日行ったお店の方が元々安いじゃん…などと冷静に見まわしている自分がいる。

消費税が上がるのを機に、買い溜めより、買い方や使い方の見直しの方が必要ではないかと思うこの頃。

黙っていても自動的に上がってしまう「子供の月謝」や「必要交通費」の方がどうしようもないと思うのは私だけだろうか?

交通マヒ…台風15号

一昨日9/8日曜は近隣の電車は22時頃から運休になり始め、昨日9/9月曜の明け方に台風15号は逗子から千葉にかけて過ぎ去りました。

結論としては、
・夫は徒歩で透析へ⇒出社(予定が体調不良で帰宅)
・怪獣1号は電車が混乱していたため有給休暇
・怪獣2号は車なので通所
・怪獣3号は休校…朝7時で暴風警報が出ていたため横浜市立学校は休校
となりました。

東京神奈川の各社の電車は8時~8時半頃に動き始めましたが、SNS等で見る限り、駅で入場規制や乗れないなど、混乱している様子がたくさん書き込まれていました。その影響か幹線道路はじめ至るところで道路も渋滞しているという情報があり。怪獣1号と2号の動きは最後まで迷いまいした。
状況判断が少なからず弱い怪獣1号をこの混乱の中1時間かけて行かせるにはもう少し待たないと厳しいそうなので、職場と相談し、有給休暇を充てる事にしました。怪獣2号は着替えて行く気満々だったので、それでもネットで渋滞情報を確認しながら現地時間ギリギリ着見込みで出たのですが、予想以上の渋滞。同じ施設に1年半、臨時も含めれば10年以上使っている施設ですが、こんなに渋滞し時間がかかったのは初めてでした。

東横線に並行して走る綱島街道は上り下りとも大渋滞し、そのに繋がる各道路も(そこに入れないための)渋滞になり、結果的に、駅方面と、大通りに出る道が軒並み全滅でした。行きはそれでも半分渋滞を抜ければ裏道なのでどうにかなりましたが、戻りはナビに従って住宅街の中を横切るような道を抜けて家まで辿り着きました。

夕方の迎えの時には全て解消されていました。

今思えば、綱島街道に限れば、東北の大震災の後や、事故で東横線が止まった時も、このような大渋滞なり駅での混乱がありました。
通勤や通学はその時の状況判断しかありませんが、「不要不急の外出は控える」しかないですね。

しかし「現地情報はニュースよりSNSの方が早い!」というのも凄いですね…。

平成31年発行の硬貨

子供達とお金のやりとりをしていたところ、ピカピカな金貨を発見。

はて?

よく見たら「平成31年発行」の「500円玉」!

実は平成が終わる前に「平成31年発行」の「100円玉」を見つけており、当然の如く、使わず保存してあります。

平成31年の硬貨がいつまで発行されるのか、平成の終わりと共に…でなく令和になって暫くは平成だと聞いた記憶があるのですが、本当のところは調べていないのでわかりません。どちらにせよ、平成最後発行の硬貨にはかわりないので、きっと保存しておくだろうな…。

…でも取っておいたら何かいいことあるのかなぁ…

と紙幣が変わる度に暫く取っておいても結局使ってしまう私なのである。今回はどうなるか?

未だに血が騒ぐ甲子園

テレビを点けたままにしていたら、甲子園のニュースが流れていた。

これだけで血が騒ぎ出す私な何なんだ?と自分で感心してしまう。

私自身が高校生の時、春の選抜で「応援団(吹奏楽部)」として甲子園へ行った。
大学生の時は、母校吹奏楽部OBとして夏の甲子園にも楽器持って行った。

応援が連日になって泊まりになり、空き時間に大阪城に行ったり、京都嵐山を散策したこともはっきり覚えている。
新幹線で日帰りしたこともある。

それだけ甲子園での応援は、インパクトありすぎたイベントだった。。。

高校野球そのもの、相手校との応援団同士の関わり、そしてこの応援ツアーそのもの。
どれも貴重で、大事で、大切で、様々な想いや感情があるものだった。

今でも思い出すこと、想うことは沢山あるが、あの頃のことは色褪せる事なく覚えている。
大切にしたい想い出の1つである。

しかし、今も昔も、応援では必ず「アフリカンシンフォニー」が使われるなぁ…と最後は応援曲に耳が…♪

初めて出口調査に遭遇

今日、参議院選挙に行ってきました。

今日は初めてが2つありました。

1つめ。
場所は徒歩1分の小学校の体育館…と思ったら、今回初めて校舎内のホールに。体育館は空調ないからかな?

2つめ。
初めてNHKさんの「出口調査」に遭遇しました。選挙権を得てから20年以上経って初めてでした。
数字を書くか選択肢で選ぶかの10問。年代・性別・選挙区投票者・比例区投票団体or個人名・他は今の政権に云々とか増税についての考えなど。
出口調査ってホントにあるんだ!タブレットで答えるんだ!と選挙以上に興味津々でした。よく考えたら(考えなくても)どちらも当たり前じゃん…と思いつつ。

右折の在り方

私は平日はほぼ毎日運転するのですが、最近改めて気づいた事があります。

「右折の在り方」

少し前まで、交通事故のニュースが後を絶ちませんでした。右折の車が…なる事故も続き、自分の周りの右折環境がどうなっているのか改めて確認していたこの頃です。

改めて見渡してみると…

①信号で「直進と左折だけ→右折のみ」と変わる信号が意外とあったこと。
②信号で「右折の矢印はないが時差式で反対車線が先に赤になっていた」こと。
③右折する車の「無茶な進入が一時的に減った」こと。

ただ、連日交通事故のニュースが続いていた頃に比べると、少しずつ運転マナーが元に戻りつつあるようにも感じます。
今日、久々に、逆車線から無茶に右折され、直進の私が急減速する事が続いたからかもしれません。

ニュースが減っても、運転する皆さんには(私も含め)気をつけて欲しいものです。

令和の表記に慣れない5月中ば

元号が変わってから2週間を超えました。

皆さんは「令和」に慣れましたか?

私は正直なところ慣れません。元号が変わると決まってから、西暦で表記するものも増えたように思います。

この4月に入学した怪獣3号の中学校の入学時提出書類は、西暦と和暦が混在していました。まあちょうど新元号が発表される前でしたから、仕方ないというか当然というか…

職場の書類も、西暦と和暦、どちら記入かわからないものもあります。逆に平成と書いてあるものは二重線引いて令和と直して使っています。どうしても違和感のあるものは「令和1年」と書かれたものです。「令和元年」ではないのか?と素朴な疑問です。

まあ元号が変わって、お祭りムードもありますが、2019年には変わりないので、書類だけ暫く違和感が続くのかな?と思っています。

「令和」始まる

令和元年5月1日

ついに令和初日を迎えました。

静かに厳かに始まった平成のスタートを経験し、感謝とお祝いムードで迎えた令和を経験すると、こういう改元も良いのかな…と思います。

昭和は、生まれてから勉強や遊びや音楽ばかり好き放題やってきました。
平成は、高等教育に就職に結婚に出産に育児にとにかくフル稼働してきました。
令和は、地に足を着けこれまでを振り返り様々な経験を総括していきたいですね。

昭和とは違いすぎる平成の終わり方

平成が残りわずか(これを書いている時点であと27時間)となり、テレビも連日「平成を振り返る」ようなものが続いていますね。

特に4月に入り、新元号が発表されたあたりから、カウントダウンの如くご公務の様子が度々放映されています。
これを目にする度に、80代な天皇皇后ご夫婦にとって公務が多すぎるのではないか?と益々感じるようになりました。
体力勝負な世界だなぁ…と。

今回の天皇陛下の退位は、言うならば「現役引退」で、日付も事前に決まっているので、直接面識のない私でも「お疲れさまでした」的な感覚になりますし、少なくとも報道されている範囲では、私のみならず全体としてそういう雰囲気が感じらます。
その様子を見ていると、今回のような引退方法もありなのかな、と個人的には賛成です。
事前に決まっている方が、お役所的な事も(今回のような新元号を事前発表するなど)時間的余裕がありますし、感謝を伝えたいなり一目見たいという方々もいるでしょうし、まあ突然変わるよりは心構えもできますし、少なくとも日常生活においてデメリットはないのかな、と思っています。明日は最後のお言葉があるようですし、アイドルなりスポーツ選手なりの「現役引退」「引退会見」みたいな感覚です。
私は直接お会いしたことも接点もありませんが、年齢的な事も含め、ただただ「お疲れさまでした」「ごゆっくりしてください」という感じですね。親が定年退職したときの感覚が一番近いかもしれませんね。

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体調を崩されて、いつ崩御されても不思議がないような報道の中、「亡くなる」という形で天皇が交代する状態だった昭和から平成。
私は当時学生(年齢がバレるので何年生かは秘密)で1/7は冬休み最終日。
この日は冬休み最終日で塾だったので朝早くから家を出ていて、崩御されたことは着いてから知りました。

新元号「平成」の発表はテレビで見たような記憶があります。(当時の小渕官房長官が額を掲げる図は記憶にあります。)
元号が代わることだけは明らかなので、塾帰りに(当時和暦表示でしたので)昭和最後の日の切符を買いました。昭和64年1月7日。
そして次の日、平成最初の日の切符も買いました。平成元年1月8日。元年という表示はないから01年だったのでしょうね。多分…。

※買ったことは覚えているのに、それがどこにあるかが思い出せないのです。今度真面目に探してみようかな?ちなみに今の切符等は和暦でなく西暦表示です。※

私が子供ながらに一番覚えていることは、塾に行く朝は普通だった駅構内が、天皇の崩御が流れた後に駅構内のポスター類が全て外されコンクリート壁むき出しのような超殺風景な状態になっていたことです。塾の授業が終わって最寄駅に戻ってきて「この駅のうす暗さは何???」と辺りをキョロキョロしたこと、駅は実は照明やポスターだらけなんだ!ということに気づいた瞬間でもありました。今時のような小学生でもスマホを持つ時代だったら、その駅構内の景色を速攻で撮影していたでしょうね。きっと駅が廃業でもしない限り見ない二度と見る事のない景色だと思っています。

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新元号の発表の時には「お祭りムード」になっていた日本。
平成最後の4/30、令和最初の5/1、どんな感じになるのでしょう?
日本も最近は何でもイベントになるので、年末年始のカウントダウンの如くお祝いムードになるのかな?と想像しています。
さて、どうなることやら…。

3.11から8年

東日本大震災から今日で8年が経ちました。
2011年3月11日、金曜日。

当時、子供達は、小学校5年生・養護学校小学部5年生・保育園年少さん。

過去に何度と書いているのですが、この日、
・夫は熱があって会社休み→午前中のうちに病院行ったがインフルエンザではなかった
・長男は学校で発熱しお昼で早退
・次男は養護学校高等部の卒業式だったため午前日課
・三男は保育園で地震に遭遇

うちは震度程揺れず、停電もしなかったので、長男は震災の記憶がないようです。

三男は今でもそれなりに覚えています。
私も実はここ数年で知った事なのですが、三男、ちょうど揺れた時、実は保育園のトイレに居たそうです。(保育園なので、時間的には昼寝が終わり着替えておやつ…の時間です。)
まさにトイレで座っている最中に揺れたそうで…先生が見つけてくれて慌ててトイレから脱出したそうです。

最初聞いた時には「そんなことあるの?」と思いましたが、でも、それが現実ですよね。
時間帯によっては、トイレどころかお風呂中だってあり得るわけでして。

4歳なってそこそこの年少さんの時期の事を覚えているのは、そんな特殊な時の地震だからかもしれませんね。

私は、当時、津波の映像を観すぎて、心身状態が一時的に悪くなってしまったので、今も、震災のニュースを観る時は少々気を付けています。

当時、私には東北地方に親戚友人知人がほぼいなかったため、直接的な震災被害者はいませんが、首都圏での帰宅難民には私の父も含まれ、70代前半の身体で5時間以上だったか、相当な距離を歩いたようです。(それを機に足腰が弱くなったように言っている程です。)

阪神淡路大震災もそうですが、このような大きな震災のあった日ぐらいは、家の備蓄品を確認しようと思うところです。

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