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弟の逝去から1年+2日

備忘録と気持ちの整理兼ねて連日書いています。

今日は2020年7月27日。弟の急逝から1年と2日。

1年前、2019年7月27日は土曜日。通夜日。

朝から実家(相模原)へ行き、最初のイベントは、棺に入った弟を自宅から葬儀場へ送り出すことだった。
近所の方が見送りに来てくださった。
私が生まれたころに開発された住宅街なので、かなり入れ替わったといえども、ご近所にはまだまだ古くからのお知り合いも住んでいる地域。実家に行っても通常は偶然でもない限り会わない近所の方々にお会いした。20年ぶりぐらいだった方もいたと思われる。

そこから先は正直よく覚えていない。

何かドタバタしているうちに時間になり、(父が車椅子なので)介護タクシーで両親と3人で斎場へ向かった。

実家から葬儀場(JR相模原駅近く)方面へ行くのは20年以上ぶり。景色を見ていてもマンションや住宅地ばかりで、以前何があったのか思い出せないほどだった。

現地についてからは、車椅子で移動制限のかかる父に代わって、あれこれ動いていたことしか覚えていない。
葬儀場スタッフとの打ち合わせ、お坊さんへの挨拶、参列の方々への挨拶、その他確認事項諸々…。
早く行ったから、ここでも弟の顔はしっかり見ることができた

(重度知的障害+重度自閉症で状況が把握しきれず声を出してしまう)怪獣2号は途中退席したが、怪獣1号と3号は無事参列できた。
ただ両親の次に私が妹と先に焼香してしまい、怪獣1号と3号の焼香の時に2人がどうやるか悩んでいるのを見て「そうだ初めてだった!」と慌てて横に行き教えたのであった。確かに、通夜は夫+怪獣どもとは現地集合だったし、全体の流れ含め教えている時間も余裕もなかったな。
まあ最後には夫と怪獣2号も焼香できたし、怪獣2号も空気は察したようなので良かったとしましょう。

その後は、関係者集まり食事だったが、自分の子供達とはちょっとしか話せなかったな。
親戚と話ている方が長かったかな。そもそも父の病状も弟の事もほとんど知らせていなかったようだから。

親戚はもとより、会社関係者の参列数が想定外に多かった。
現役社員であり、定期的に異動があったから、顔が広いのは当然だったのかもしれない。
連絡のついた高校のお友達の方々も参列してくださった。急な事にかなり驚いたであろう。

夫と怪獣どもは自宅へ帰ったが、私はそのまま実家泊り。
同じく父の介護タクシーで両親と一緒に戻ったが、夜に日記や報告(含むネット)等書いたことは覚えているが、後は何をしていたのか記憶が確かでない。でもあまり寝た記憶もない。何かぼんやり考えていたのだろうか?

翌日が怪獣3号1人で留守番かつ発表会参加としたため、それが心配でならなかった。

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そして1年経った今日2020年7月27日は月曜日。
いつも通り、夫と怪獣1号と怪獣3号を送り出し、怪獣2号の通所で運転。
幸いなことに、仕事は休みでエレクトーンのレッスン日だった。
何も無くても仕事を休み申請したかもしれない。(仕事は夕方から夜だから。)

家事以外、ピアノとエレクトーンをひたすら弾いていた。

夜はエレクトーンのレッスンだった。
今日は弾けないだろうと思ったが、いざ行ったら、いつも以上に弾いていた。
ヤマハは弟と6年も一緒に通っていたから、いざレッスンに行くと、まあ、色々想う事は多かったなぁ。
今日も一緒に通った「ジュニア科専門コース」の頃のことばかり思い出していたっけ。

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