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夫の手術から5年経過

夫の透析に関する一番最初の手術から5年経ちました。
5年前の2014年1月29日(水)。
この時は、本人初の全身麻酔で、術後が辛そうでしたね…。

この時は、まだいたって元気だった私の両親が、飯田橋まで来てくれました。
元々早く待ち合わせをしていたのもあるのですが、院内の食堂ながら、両親から「とにかく食べないと(私の)身体が保てない!」と散々言われ、腰を据えて食べることすらままならない生活をしていた私は、久々にゆっくりと、和定食のようなものを食べた記憶があります。

まあ、区役所・夫の職場・病院と書類を持って走り回った記憶ばかり。
子供達のやりくりをどうするか悩んだ記憶ばかり。
自身の体調管理なんて言っていられなかったですね。
食の記憶は、この定食以外、記憶がないのです。1日1食だったであろうことは想像できますが…。

当時に比べたら、今の私は何があっても1日1食以上食べているし、水分も摂っているし、胃薬必需でもなくなった。
それを思えば、今は、状況に慣れたのか、流せるようになったのか、子供達が成長したのか、単にまだ平和なのか?

当時から5年経ち、周囲に見守ってくださる方が増えたのが一番の違いかな?感謝!

嵐の会見を見ながら嵐の曲を聴く

昨日1/27日曜の夕方に、嵐の活動休止のニュースが速報で流れ、その後、会見がありました。 私は昨日送別会に出ていたので会見は見れず、今日になりその内容を見ました。
(今日はハッキリ言って、どこの局でもこのニュースでしたからね。)

元々嵐の楽曲は好きで、リアルタイムでなくても、聴く機会の多いものでした。 最近ではエレクトーンソロで弾いたり、アンサンブルで弾いたり。
(エレクトーンで初めてグレード6級レベルの曲を弾いたのも、実は嵐のHappinessでした。)
また、ジャズピアノ演奏にアレンジされたCDもあり、それは本当によく聴いていました。

今日は、テレビの報道を見ながら、実はこのピアノのCDを聴いていました。

ちょうど5年前、夫が初めて尿毒症で倒れて緊急透析・入院した2014年1月期、フジテレビの月9で放送していたのが「失恋ショコラティエ」でした。松潤と石原さとみさんが主演の、松潤がパティシエ役の話です。
我家の三男が当時小1なのに、毎週「うらやましい~」と言いながら見ていました。
そして私は呆れていました(笑)。
恋愛ものを再放送を見る程楽しみにしていた事がどうかは別として、その番組のおかげで、私が大学病院の面会から帰りが遅くなっても過ごせていたと思えば、ありがたかったですし、最近、ちょうどそのことを思い出していました。
(実はこのサウンドトラックも買い、一部ピアノ楽譜が出ているので買って弾いていました。)

ちなみに、嵐がデビューした頃、桜井くんは日吉にある慶応普通部(慶応大学の付属中)に通っていました。
当時、慶応大学の生協総務部(購買部や食堂は慶応の各キャンパスにありますが、総務部は日吉キャンパスの中にあります)で仕事をしていた私は、桜井くんに会った事はありませんが、普通部にある生協のスタッフからは日頃話を聞くことがありました。2000年1月で私が退職したので、そのまま日吉で仕事していたら「大学生の桜井くんに会う機会があったかな」と思いつつ(笑)。

ちょうど1月なので、そんな桜井くんや松本くんのことを思い出していた矢先というのが、タイミングが良いのか悪いのか…。

嵐というグループについてここで何か書くことはないです。
ただ、彼らがグループ活動が休止しても、私は普通に嵐の音楽を聴き、普通に演奏しているだろうな。
それだけは変わらないです。

送別会…で午前様

『はしごや楽 綱島店』

昨日ですが、職場の社員の送別会で、久々に飲み会でした。

…といっても、21時半まで仕事のメンバー(遅番)と他社員との企画のような形になったので、21時開始。場所は、職場の最寄り駅。(我家からは隣駅。)10名でこじんまりとやりました。

昨年3月末に新規オープンした店なので、初期メンバー初の社員の退職。
今回は遠距離恋愛していた女性の方で、結婚で彼の住む地方への引っ越しなので、寂しさ半分、おめでたさ半分。

遅番組は社員含め、仕事後に夕飯食べに行くことはあるものの、飲み会は初めてかな?
なかなかの盛り上がりで、アルコールも味見とばかりに、皆で皆のものを飲んでみたり。
コースではないですが、1人3000円ぐらいの平均的な居酒屋でした。

電車組は東横線終電前に退散し、同じ店ながら24時から徒歩組で二次会モード。
結局、閉店の25時まで店に居て、その後外でも話し込み、25時半解散でした。
2か月ぶりかな、久々に午前様でした。

写真は皆が写っているものしかなかったため今回は無しで。

1日中眠い日

本日日曜日。
何故?というぐらい、1日中眠い日でした。
幸い昼間予定がなかったから助かりましたが…。

これも理由不明なのですが、その前の日、金曜から土曜にかけて何故か眠れず。
半徹夜状態で朝を迎え、そのまま仕事でした。

仕事から戻ってから、単なる疲労か、寝不足からか、夕飯後からの記憶がないくらい眠気に襲われ、早々に布団に入り、気づいたら寝ていました。

単に、前日寝不足からの眠気なら良いのですが。。

夕方も眠くてボーッとしていましたが、実は21時から職場の飲み会があるので出かけます。
眠いのでアルコールは抑えた方が良いかな?

春のセンバツ!(高校野球)

私の母校が16年ぶりに春の選抜高校野球大会に出場することになりました

出場校が今日発表と知らず、先程SNSで知りました。

やったね!

でも、16年前の記憶がありません。。。

私自身が高校3年の春に出場したのですが、その時は、応援団の一員(吹奏楽部)として、楽器持って甲子園に行きました。その時の記憶が大きすぎて鮮明すぎて…。

あれから既に?年。
つい先日の事のように覚えています。懐かしいな。。。

私自身のQOLとは

弟の手術翌日の1/11に『癌移転とQOLと』を書いたのですが、その時から、「私自身のQOLとは?」について密かに考えていました。

そもそも「QOL」という表現が正しいのか、から考えました。昨年9月に『バランスとは』を書いたのでこれも読み直したのですが、この時はかなり抽象的に書いているな、というのが今の感想です。今の生活パターンからすると、もう少し掘り下げて考える必要があるのかと思います。

私のQOLに関しては『心身の安定』が基本。それを成り立たせる要因として
①心身の休息→睡眠・家族と過ごす時間と質の確保
②趣味→音楽(弾く聴く両方)や本に接する時間の確保
③仕事→内容の調整(これは現在相談中) ※時間を考え今月で1つ辞めます
を中心に考えたいところです。
この3つのバランスは今の私には①⊃②③になるのか。
何はともあれ、『私自身が倒れず乗り切ること』が一番の課題です。

ただし現実として
④家族対応(家事・送迎等)
⑤実家対応(介護・それに付随する内容・病院対応)
が発生します。
私の生活を考える上で、これを「無し」にはできないので、これらをどう組み込んでいくかが問題。この部分は、QOLではなくバランスなのかもしれませんし、これらを組み込みつつどうQOLを高めていくかという意味ではQOLになるのかと思っています。

今の時点で明確は答えは出ていません。
ただ、④は日常必要な事であり、⑤は突然優先順位が上がることがあります。
日頃から①②③を安定させつつ④の組み込み、⑤に耐えられるようにしていく…が理想な姿かと考えます。

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④⑤を考えるにあたり今まで以上に気を付けていきたいことは分類だと思っています。
・緊急度の高低
・重要度の高低
・私にしかできないことと他の方でもできること
 →他の方には家族・第三者
 →第三者には専門の方・近所の方・誰でもよいなど更なる分類が必要

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この内容こそ『今年のテーマ』になってくるかと思います。
私にしかできないことは何か、それを達成するためには、『私自身について』『私自身が』もっと考え振り返り必要なことを見極める必要があるのかと。
だからこそ、これから深堀りが必要であるなりに、現時点での備忘録として残しておこうと思います。

寝ても寝ても眠れる…

1つ前のブログを書いて投稿したのが「13時半前」だったのですが、その後、記憶がありませんでした。そのままパソコンの前でうたた寝していました。時間からすると、どうやら1時間少し寝ていたようです。

帰宅した三男に起こされたのですが、意外とすっきり目が覚めました。
とはいえ、何もなければ、もうひと眠りできそうな感じです。

昼前は、掃除と洗濯干しと荷物運びでそこそこ動いていましたが、それだけで疲れてしまったのでしょうか?自宅が3階建てなので、嫌でも階段を上ったり下りたりしていましたが…。

これぐらいで疲れてしまうようでは先が長い。

土曜日の仕事(往復含む)に耐えられるよう、今日明日でボチボチ動かないと…。

そもそも、何かするためにそのままパソコン開けていたのに、何をするつもりだったのだろう(笑)。

起きられるようになりましたが

月曜夕方からパタッと動けなくなっていましたが、だいぶ落ち着いてきました。

昨日水曜は食事と朝の送りだけ、今日木曜から送迎と食事と洗濯と…と、家の事はどうにか動けるように、ならぬ動くようにしています。ただ、いくらでも眠れるような状態なので、まだ本調子ではないのかもしれません。幸い明日金曜までは特別な予定はないため、明日までゆっくりして土曜の仕事から復帰という感じで動こうと思っています。

無理に活動量を戻しても、また体調崩しては意味ないですからね。
ちょっとゆっくりペースで。

体調が完全に戻る間もなく次の事がやってくるのか。
想うことや考えることが溜まる一方でそれらを処理することが体調に影響しているのか。
ふとしたキッカケで張りつめていた心の糸が切れるのか。

理由はともあれ、心身に余裕がないなり、閾値が下がっているのは事実なのでしょう。

「心身負荷を如何に軽減するか」といっても今後難題が減る見込みはないので、
それよりも、
「如何に溜まらないようにするか」が課題なのかな、
と思った今回でした。

今までは、書くこと話すことで発散してきたところがあるのですが、その書くこと話すことで「張りつめていた心の糸が切れる」ことがあるこの頃。特に今回はこれが一番の理由かと。。難しいです。

1月の疲労蓄積の謎は

12月末から、私の実家、および弟が入院する北里大学病院のある相模原市へ行く機会が週1-2ペースになり、今は車移動しています。

ココにも書きましたが、1/10木曜に弟の手術がありました。それ以降、心身疲労が抜けない日々が続いています。
最初は車移動が理由(私は運転が得意ではなく必要に迫られて運転しているところがあります)かと思っていたのですが…。

どうやら、父・母・弟それぞれの症状の進行を目の当たりにする機会が増えたことが理由のようです。
月2回ぐらいでも会うたびに「また進んだなぁ…」と感じていたものを、週1.2回ペースになっても毎回感じますからね。こればかりは難しいですね。

私なりに情報収集し、勉強し、周囲からは様々な情報を提供していただき、話を聞いてもらっています。
夫や子供達や友人、福祉スタッフには日々感謝です。

心身疲労困憊かな?

ココに書きたい事はたくさんあって
あちらこちらでイレギュラーが起きて書けずにいたら
久々にバッタリダウンして本日閉店状態です

眠剤が効かなくて悩んでいたものの
慢性鼻炎が悪化したので鼻炎薬の副作用を利用して睡眠を確保し
夜も22時過ぎには布団に入って身体休めていたのに

疲労感が抜けない日々が続き
それでも毎日何かがあり
仕事も実家も色々あり
物理的にも精神的にも負荷は大きく
それでもどうにか動いていたのですが

昨夕帰宅してから全く動けなくなり
頭痛と目眩と怠さが酷くて
吐き気はあったものの1回水を少し吐いただけで治まり

今はひたすらボーッとしています
10時間以上布団にいたので
起きて水分摂ってデザート食べました
当然ながら今日は仕事休みました

夫が仕事休めたので家事に子供達の対応に色々お願いしています
だから今は何も考えず自分のことだけやっています
夫に感謝です

今日1日じっくり休みます

ココは遡る形になりますが少しずつ書きますね

1.17から25年と5年と

阪神淡路大震災が起きてから、1/17で25年が経ちました。
同じ職場の方が伊丹に出張中だったり、少なからず影響はあったものの、その当時は関西に住む友人知人が数名いた程度だったこともあり、正直、あまり実感がありませんでした。

逆に今の方が、身内や友人に震災経験者が居るので、実感する程です。

東日本大震災の時のように、私の住む横浜でも揺れたり、その後の生活に影響があれば(計画停電や物資の問題など)記憶も鮮明なのかもしれませんが、難しいですね。

これは偶然なのですが、5年前の同じ日、夫が尿毒症で最初に倒れ緊急透析になりました。
あの騒動から5年、早いものです。
あの時は、子供達が中2と小1。
夫から連絡があっても、大学病院が三鷹で、飛んで行けなかったあの日のこと。
頭が真っ白になったことは未だにハッキリ覚えています。
私の代わりに、大学病院近くに住む私の妹に行ってもらったんだよね。

ダブル1.17では、忘れたくても忘れないです。

やっと第九を聴いた(観た)の巻

毎年、大晦日の12/31夜に、N響の第九の放送があります。
実際には、12/20頃に演奏されたものが放映されます。

私はこれを毎年聴く(観る)のが慣例行事で、これを聴いて(観て)やっと大晦日と実感し、年を越すという感じです。いつからそうなったのか私自身記憶にないのですが、少なくとも私自身が大学のサークルで初めて第九を歌った時よりは後だと思われます。

ところが2018年の大晦日は、仕事と重なってしまい、聴く(観る)ことができませんでした。

私にとっては滅多にないことなのですが、これを録画してもらいました。
そして、今更ながら、今日1/13になって、この演奏を聴き(観)ました。

ただ一言、「速い!」。

毎年指揮者とソリストは変わるので、少なからず味の違う第九になるのですが…
こんなにテンポの速い第九は初めて聴いた気がします。
特に歌のない(オーケストラ演奏だけの)部分が速くて目が点。
主旋律の部分でやっと落ち着いたかな、と思いきや、最後は速いまま駆け抜けていきました…という印象。演奏者の方々大変だっただろうな…と思ってしまうほど。

ソリストの声量バランスも気になったのですが、これは私自身がソロパートも含めて歌ったことがあるアルトの音を自然に拾ってしまうので、まあそう思った、という程度で。

どこまで速くなるのか?と落ち着かずに聴いた(観た)ので、眠気が飛んでしまった今朝でした。

癌転移とQOLと

弟の癌治療がひと段落し、9月に退院してから、暫くこの件を書いていなかった事に気づいたので、改めて書いてみようと思います。

退院1か月後の検査で、癌再転移の可能性があり、PET-CTを行いました。
その結果を聞くため、10月末の外来で家族も呼ばれまして、10か所転移していることがわかりました。
最初は3か所と聞いていただけに、PTE-CTの結果を聞いた時は、正直言葉がなかったです。くしゃみの後の如くあちらこちらに飛んでいました。

ここまで数があると、根絶治療はできません。
他の抗がん剤治療を行うことに加え、大きくなったり痛みが出た場合に対処療法するしかできないことになります。

主治医から、次の治療方法について複数選択肢は提示していただきましたが、それまでの治療との兼ね合いもあり、2週後からオプジーボを行うことになりました。

私は、今回のノーベル賞受賞で初めて聞いた「オプジーボ」という言葉。
癌治療に使われることもこの時初めて知りました。
その治療薬を知って早々に関わることになるとは想像もしていませんでした。

そしてオプジーボの投与(2週に1度の点滴)が始まり、2か月で1ターム、その後評価となるのですが、その終了を待たずして、腰が痛くて動けなくなり、12月半ばに緊急入院してしまいました。

腰椎に転移していたのですが、それが悪さして、骨が折れていたのです。

10月末の説明の際、腰骨の転移はわかっており、将来的にコルセット等で腰を保護する必要性は聞いていたのですが、最初の症状が腰に出たことは想定外でした。

入院後1週間程度様子を見て、痛み止めでは副作用が強すぎて眠り続けてしまうとのことで、2週後、体内から首にかけて細いカテーテルを入れ、体内に麻酔を入れ続ける措置が取られました。

ちょうどその直後、腰に2か所目の骨折が判明。(正確には第9胸椎と第1腰椎。)
そのため、ベッドから動くことが禁止となり、年末年始も病院、年明け早々の8日に術前説明、10日に手術となりました。崩れた背骨の上下2か所ずつボルトを入れてブリッジし、骨折というよりも砕けたに近い骨をカバーする処置を2か所行われました。

手術はブリッジ1か所につき1時間、前後処置合わせると合計4時間の予定で、4時間半で終わりました。予定通りの手術が行えたということです。

ただし、直前の検査で、腰骨にもう1か所(第3腰椎)癌の転移が見つかりました。そこは本当の初期なのでまずは放射線治療を行うそうです。

今回の手術に対する治療は、10日から2週間で終わるそうですが、放射線治療が加わる上に、オプジーボの評価ができていないこともあり、実際にはいつ退院できるのか読めないところもあります。

QOLを考えると、起き上がれるようになることは重要なことだと思います。腰が落ち着かなければ常にストレッチャーでの移動しかできず、車椅子すら使えませんからね。病院から出ることは不可能です。

10月末の時点で、手術をすると免疫力が低下し、癌細胞が活発化する懸念があるため、対処療法として必要な時だけ行うという話を聞いていました。でもQOLを考えれば、背骨の手術は必要であると思えますし、癌の状況とQOLの問題は、これから生きている間の永遠の課題なのかもしれません。難しいです。

最終的には、弟本人が何を望むか、を一番に考えることなのでしょう。

2019年の漢字

先に書いたとおり

12月に発表された2018年の漢字は「災」でした。
そして私にとっての2018年の漢字は「重」でした。

いつもならここで終わるのですが…。

先日、以前仕事でご一緒していた方のSNSに、年始に「その年の漢字を考える」という内容が書かれていました。環境が変わる「年度初め」に新たな目標なりキーワードを考える事はあっても、年始に考える習慣はなかったなぁ…と改めて気づきました。

ということで、今回初めて、『2019年の漢字』を考えていました。

色々悩んでみたのですが、やはりシンプルに

『心』

にしました。

2019年は、三男の小学校卒業・中学校入学といった一大イベントがあります。
しかし、私にとっては、今、明らかな事だけで、
父のALS・母の痴呆・弟の癌転移・夫の透析(腹膜透析と血液透析の兼ね合い)
と抱えています。

今、私に求められているのは、自宅と実家と大学病院を行き来する体力は勿論、それより大切なのは『平常心』かと。今年は喜怒哀楽、予想以上に色々起きると想定されます。ただし、いつにおいても、実家においても自宅においても、私が一番冷静に判断する立場であることには変わりないのかと。

色々な言葉を考えてみたのですが、やはり『心の在り方』に辿り着くのかなと。

シンプルだからこそ様々な言葉と結びつき、様々な基礎となる語である『心』。
これを肝に銘じて過ごしていきたいと思います。

1/7平常運転開始

話が前後しましたが、2019年になり、家族全員やっと平常運転となりました。

 

長男だけは1/4が仕事始め、夫と次男と三男は1/7からのスタートでした。
当然ながら、私のスタート(送迎開始)も1/7です。
私の場合、仕事1つ休職にしたので、仕事始めは1/12です。

 

初日早々、予定変更、1/8と1/10の次男の迎え調整が必要になり、ドタバタしていました。
幸いどうにかなりそうですが、新年早々綱渡り生活です。

 

私は、短時間なりに仕事が当たり前な生活をしていたので、1/1から1週間も仕事休んだら何故か違和感があります。慣れは怖いです。今は仕事減らした分、休める時に休んで、動く時にしっかり動けるように…です。

朝から気が抜けた話

昨日夕方、私の留守中に、長男の職場の責任者の方から電話があり「連絡して欲しい」と伝言があったと三男から聞きました。

用件は言っていなかったそうなので、
新年(1/4が仕事始め)早々何事?何かあった?
と不安な気持ちで電話したら…。

年末に職場でいくつかイベントがあった事の確認でした。
報告の苦手な子なので、親にちゃんと伝わっているか、心配してくださった感じでして。
幸い、どのイベントも本人から報告を受けていて、本人が自主的に報告する→とても良かった楽しかった!なので、その件もふまえてお話ができました。

偶然ながら、直接話す機会がそうない所長さん(いつも拠点な事業所にいる方)と話せたので、新年のご挨拶兼ねてのようになりましたが、ちょうど良かったかなと。

電話直前までの不安を返してーという感じなイマです(笑)。

2018年の漢字

年末に「今年の漢字」が発表されるのは、知る方の多いところだと思います。

正式な説明は…
財団法人日本漢字能力検定協会が、その年をイメージする漢字一字の公募を日本全国より行い、その中で最も応募数の多かった漢字一字を、その年の世相を表す漢字として、原則としては12月12日の「漢字の日」の午後に京都府京都市東山区の清水寺で発表する。選ばれた漢字を「今年の漢字」と呼ぶ。
…だそうです。

ちなみに2018年の漢字は「災」でした。

私自身も毎年これに合わせて「私にとっての今年の漢字」を漠然と考えます。
ただ記録していないので、例年何を考えるかは記憶がありません。

2018年の私の漢字は「重」
にしました。今年は、両親・弟妹・夫・子供達・そして私自身にとっても様々な変化があり、それが綱渡りの如く続いたり、時に重なり、1つ1つの内容が濃く重く。
まとめるなら、「重なりすぎて重すぎて」というのが正しい表現かもしれません。ここから「重」としました。

みなさんの漢字は何でしたか?

恒例の初詣〜鶴岡八幡宮

我家必須の「鶴岡八幡宮」へ初詣。

1/4だから落ち着いているだろう…という予測は見事に外れ、満員御礼な混み具合。
途中ロープで入場制限していた程。
さすが鎌倉、さすが鶴岡八幡宮!
昼頃着いた私達は、まだマシな方だったように思います。
帰る頃には規制も人の波も拡大していましたからね。

参拝の後は、これまたお決まりな「いも吉館」でソフトクリーム「あじさい」を。
紫芋と抹茶のミックスです。

帰りは、江ノ電を端から端まで、鎌倉から藤沢まで乗り、光る海や江ノ島を眺めていました。
幸い先頭席に座れました。

天気はとても良く、快晴で、暖かく、お散歩日和でした。

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謹賀新年2019

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あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。

元旦は、東扇島へ初日を拝みに行き、帰りに都筑PAのスタバに寄り、朝食で昨日午後に作ったお節がほとんど食べ尽くされ、午後に徒歩圏にある綱島神社へ初詣。

そして、本日は夫の誕生日でもあります。今年は31のアイスケーキになりました。当然一気に食べ尽くされました。

今年は、長男が3日まで、夫・次男・三男が6日まで休みです。私は諸々の事情でパート1つのみ1ヶ月休職することにしました。医師から心労過労と診断され、負荷を減らすよう言われたためです。暫く週1で相模原の実家と北里大学病院(弟の入院先/年末年始も入院中)に行くことになりそうです。

画像は、東扇島東公園から撮影した初日の出です。

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