« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

台風24号の影響

台風24号、現在、大阪付近を通過中らしいです。
今年は、地震も台風も、大阪直撃が続きますね。

さて、この台風の影響で、首都圏もJRが20時以降運転見合せになりました。
私鉄は会社に寄るようですが、我家最寄りの東急東横線は23時で運転打ち切り予定だそうです。

今日、私は仕事だったのですが、台風の影響で、センター北(横浜市都筑区)にあるノースポートモール(=職場の入るショッピングモール)、18時で閉店となりました。他の店舗はわかりませんが、職場であるスクールは、幸いラストのレッスンが17時10分終了予定でしたので、レッスンは予定通り行われました。私も17時半まで職場にいました。ただ、いざ帰ろうとしたら、傘必要?というぐらい小振りでした。

台風何号か忘れましたが、首都圏がもっと影響を受けた時すら起きなかったことが起き、不思議な感じです。前回の台風時に起きた、関西圏のJR全面運休と同じ発想なのでしょうか?

現在、風の影響は受けていますが、関東に直撃するわけでもなく、夜のうちに通り過ぎるようで、明日の朝には晴れるようです。通勤通学に影響なければ良いのですが、なんだかなぁ…。

EFアンサンブル2018

9/23日曜、三男が、ヤマハのEF(エレクトーンフェスティバル)アンサンブル部門、日吉センター大会に出演しました。要はアンサンブル大会です。三男は小3から参加しているので、今年で4回目です。場所は例年と同じく、横浜アリーナ1階のライブハウス「New side beach」です。

三男のクラスの場合、グループの発表会では、他クラスと合同、約10名でクラッシックを演奏するのが基本なので、このEFでは、自分達の好きな曲を弾いて楽しむことがメインなように見えるこの頃です。
昨年は「千本桜」、今年は「英雄の証」(モンスターハンターのテーマ曲)でした。
今年に限れば、ゲームを知らない親達は、皆揃って「聞いたことあるのだけど…」状態。。

今回は2クラス5名で参加。中1が3名・小6が2名のチーム。男子は当然1人。
演奏そのものは、合わせる時間不足だったかな?という印象でした。
ただ、本人達が合わせようと努力して楽しく弾いていたからそれで良いのかな、という感じです。
男子1人でも臆せず、皆でよくしゃべりよくしゃべりよくしゃべるメンバーだそうです。←先生談

小3から、6月(今年は8月)に個人レッスン発表会、9月にEFアンサンブル、2-3月にグループ発表会、年によって4月に演奏グレード(試験)。センターで習っているとイベントが続きます。当時とは変わっているとはいえ、私も通ってきた道。大変なのは事実ですが、グループレッスンと個人レッスン、併用を選んだのは本人。しかも、本人、中3までは併用で進むと決めています。音楽の文字通り、音を楽しんで欲しいと思っています。

連休だから考えること

2週連続、世の中は3連休らしいです。

ただ、私には全く関係ないです。
土曜も月曜も、普通に仕事でして。
しかも、先週月曜は8.5時間勤務、一昨日の土曜は9.5時間勤務。

昨年度は日曜祭日が仕事、土曜がオフ、日曜は基本フルでした。
今年度は土曜祭日が仕事、日曜がオフ。
だから、家族も「祭日は仕事」という状況に慣れてしまったような感じです。

土日祝は休みたいな、と思うことは多々あります。
そのような職種に変えたいな、と思うことも多々あります。
しかし、現在、平日に次男の通所先への送迎含め、複数の制約がある中で仕事をしようとすると、どうしても妥協せざるを得ない事が発生します。

家族各々の事情を鑑みれば、私の生活は「家族フォロー」を軸に組み立てないと、家庭が成り立ちません。その中では、「仕事をする」というだけで、かなり厳しいものがあります。いま、私がやりたい仕事をするには勤務時間がネックになります。勤務時間を考えれば、仕事内容を妥協するしかありません。

結婚や出産、家族を取り巻く環境で、今までも様々な制約の中で取捨選択してきました。
「いま」の状況で、本当にやりたいことと勤務時間と家族フォローに必要な時間を天秤にかけています。
何をどこまで妥協するか。
いや、逆ですね。
何をどこまでなら希望が通せるか。

日々の生活に追われつつ考えている最中です。

エレクトーンを弾ける喜び

今日、ヤマハのイベントである、EF(エレクトーンフェスティバル)アンサンブル部門の日吉センター大会が行われました。
このことは後日別途書きたいと思います。

夫が海外出張→緊急入院と続き、私、8月1週目のレッスン以降、レッスンお休みどころか、実はエレクトーンを全く弾いていませんでした。正確には弾ける精神状態ではありませんでした。家事分業できない中、仕事か面会の日々で、体力的にも時間的にも余裕がなかったのは事実です。しかし、それよりも、「夫の病状が落ち着かないのに余暇どころではない」「弾く気分にはなれない」が占めていました。
目先のことに追われ、心身とも「気分転換など言っていられない」状態でした。

そして、夫が退院してからも、その気持ちが切り替わらず、1週間が経ってしまいました。
習い始めてから1ヶ月半以上弾かなかったのは初めてで、次のレッスンが次の水曜に迫る中、どうしたものか?困り果てていました。発表会が2ヶ月後に迫り、アンサンブルの楽譜も手元にあるのに、譜読みすらできない状況に、「発表会に出られるのか」、いや、それ以前に「エレクトーンを弾く気持ちに戻れるのか」と、我ながら重症になっていました。。

そんな中、今日、エレクトーンフェスティバルが開催され、三男は中1・小6の合計5名(男子1人)で出演しました。三男が参加した第3部は、何故か小6と中高生で半数以上を占めていました。そのため、必然的にレベルの高い演奏が続きました。

大好きなエレクトーンアンサンブルを久々にたくさん聴き、既成曲でも自作曲でも即興でもとにかくアンサンブルに夢中だった今の三男の年齢の頃を思い出し…。

ちょっとテンションが高くなっていたのかな?
帰宅してから、エレクトーンを弾いてみました。

1ヶ月以上弾いていなかった割には、意外と普通に弾けました。
長年習っていたピアノと同じ「両手だけ」なら弾ける自信はありましたが、ベースも意外と弾けたことに驚いたのかホッとしたのか嬉しかったのか…。
エレクトーンも習い始めて2年経ち、楽器を購入して1年経ち、足の動きもそれなりに身体に身についていたようです。

いま、ソロ曲は「未来予想図II(オーケストラバージョン)」を弾いています。
エレクトーン1台なのにオーケストラで演奏している感覚に酔い、未来予想図という曲そのものに酔い。
エレクトーンが弾けた事に泣いてしまいました。
心の何処かで「二度と弾けないのではないか」と恐れていたのかもしれません。
自分で自分に無意識に規制をかけていたのかもしれません。
目の前の現実に、未来予想などできなかった、いや、避けていたのかもしれません。

それらが解き放された今、ただひたすらホッとして嬉しいのです。
こんな不思議な感覚、記憶にありません。
だからこそ、もっと適した表現があったとしても上手く表せないのがモドカシイぐらいです。

ちなみに、いつもは平気で3時間近く弾いてしまうので、今日は1時間で止めておきました。
放っておいたら徹夜してでも弾きそうですから笑。

影響し合える存在に

ちょっと嬉しいことがあったので。。

先日「バランスとは?」というブログを書きました。
これは友達が発した「言葉」がキッカケでした。
それについて私なりに真面目に考えてみたことを書いたものです。

そしたら、今度は、そのブログを読んだ友達が、そこから思うことをSNSに書いていました。

家庭も仕事も、お互いを取り巻く環境が違いすぎる人なので、思うことや考え方は異なって当然。
ただ、お互いの発信が、相手の振り返るキッカケになっていたこと。
純粋に嬉しかったです。
これからも、影響を与えあえる関係でいたいな、と思ったひとコマでした。

お互いの考えはそれぞれ。
そこから、また、新たな考えが生まれたらいいな。
純粋にそう感じています。

9月の実家フォロー1回め

8月下旬に「8月の実家&弟フォロー2回め」の予定でしたが、夫が入院してしまったため、実家フォローどころでは無くなり、その時間は大学病院への面会時間に充てざるを得なくなりました。

そのため、既に3日前ですが、仕事休みな水曜日である9/19、この時以来、1ヶ月半ぶりに、相模原市内の実家へ行ってきました。

当初のスケジュールよりは遅くなりましたが、5月初めからずっと入院(6月に約1週間一時退院)していた弟が9/6に退院しました。舌癌の首リンパ節転移の摘出と抗がん剤治療、それによる嚥下障害が続き、結果的に4ヶ月の入院でした。まだ水分は「とろみ」をつけないと摂れないそうですが、食事そのものはほぼ普通になったそうです。実際、一見普通に過ごしていましたが、まだ声が出しにくいことと、体が疲れやすいようでした。1〜2ヶ月自宅療養の予定とのことです。

父は白内障は様子見らしく、モノが二重に見える症状は落ち着いているようです。ただ、肝心なALSの方は進行していました。手の力、特に指の力が入らなくなり、立ち上がる時や移動時に、身体を支えきれなくなっています。指を丸めて手の甲や手首で支えている感じです。目と身体の影響で、動くことが減り、余計に足腰は使わなくなる…という悪循環。難しいです。

弟が退院した分、父も母も弟も、気分的には落ち着いているように見えました。
久々に自宅でマイペースで過ごせる弟は勿論、弟が自宅にいることで父と母も落ち着いて見えました。
全てがタクシー移動だった父は、弟の車で連れて行ってもらうこともあるようです。

体調については、父は益々進行し、弟もまだまだですが、精神的に落ち着いて実家自体が少し明るく感じたのが幸いでした。

父は介護サービスをどの程度増やしていくのか、弟は再発転移しないことを祈りつつ今は仕事をできる体調に戻すことが課題なのかな。

今後どの程度の実家フォローが必要なのかは考え中です。
ただ「最後はお姉ちゃん(=私)頼み」な実家なので、ある程度定期的に顔を出して、私の経験と知識をフル稼働して、フォローしていきたいと思っています。

今まで、夫の緊急搬送入院中に、父が同じく緊急搬送入院したことがありました。
今回、弟の入院と父の進行と夫の緊急搬送入院が重なり、私は、身体の数は通り越して「心がいくつあっても足りない!」とシミジミ思いました。
これだけ重なり「平常心って何?」「状況を伝える人と範囲は?」とよく考えました。

我家なりの平常へ向けて…

夫が退院してから1週間が経ちました。

海外出張と緊急入院、中2日も通院か仕事、実質4週半不在だった日々から早1週間。

ようやく我家なりに平常に戻りつつあるように感じます。

夫自身は1週間自宅療養…兼、実質上の夏休みなのかもしれません。
体調は基本的に問題ないようです。
体力は…家にいる分にはわかりません。長時間勤務が再開するまではゆっくりして欲しいな、気ままに過ごして欲しいな、と思っていますし、そう過ごしているようにみえます。7月からずっと「休みなし」でしたからね。
今は、家で料理したりのんびりしたり、フラッと出かけたり、いわゆる「彼にとっての休日」を過ごしています。

当然、私も休みなしでした。特に入院してからは、仕事か面会かの日々。
海外出張中は、精神的負荷は大きいものの、面会が無い分時間的には楽だったのではないか?と思ってしまいました。大学病院まで移動だけで2.5-3時間かかるのが大きいのかと思います。
夫が退院し、毎日顔を見て話せること、家事分業含め、心身共に私が一番休息しているかもしれません。
次男の送迎や仕事、PTAのことなど、いつも通りな毎日です。(それでも毎日充分忙しいです…。)
今週は、土曜や祭日に2倍働き、平日に2日フリーな日が取れたのが幸いだったのかもしれません。その分、私も4週半できなかったことができましたから。

子供達は…三者三様です。
ただ、父親がいるのといないのでは、やはり少なからず異なります。
父親がいるから、怖いというか威圧感みたいなものを感じて静かなところもあれば、甘える姿もあります。見るからに甘える年頃ではありませんが、子供達の様子を見て話してみるとわかります。本人達は自覚ないようですが…。

やはり、父親不在の間、長男・次男・三男なりに、頑張っていたかなと。
仕事か面会で不在な私の代わりに、家事手伝い始め、自分達のことは自分達で行い。
無意識に倍増していたことが、軽減されつつあります。
少しの背伸び程度に落ち着いてきたかな?

障がい者が3人いる我家の普通は、他の家庭とは少なからず異なるけれど、それでも、「我家なりの平常」が戻りつつあるのかな、と思っているこの頃です。

さて、これから次男を施設に送ってきます!

バランスとは?

先日、友人が言っていたこと、「バランスよく…が難しい」より。

バランスって何だろう?
試しにググってみると「釣り合い・均衡」と書かれている。

何についてのバランスか、によって具体的なところは変わってくるが、そもそも
「バランスよく…」
と使う場合のバランスは正解が無いと思う。
正しくは、絶対評価な内容であり、個々によって解答が異なると。

内容・モノ・時間・質・量・大きさ…
栄養摂取量や生活時間のような、それぞれの単位が同じならば、秤ることはできる。
ただし、一般には、その人にとってどの天秤を使うのかすら異なる。
モノサシが違えば、比べることはできない。
同じモノサシを使ったとしても、それをどう評価するか自体、その人によって異なるのだから。

最近では「ワークライフバランス」といった、仕事と生活の関係で使われることが多い。

しかし、仕事と生活の調和1つとっても、その人によって、その人の「いま」置かれている環境によっても、答えは異なる。仕事漬けな方にしてみれば、私生活の人間関係や時間の使い方がちょっと変わっただけでもバランス良く…かもしれない。逆に家庭環境重視な生活の方にとっては、仕事内容や時間が充実しただけでもバランス良く…かもしれない。ただ、その変化のために精神的負荷が増えてしまっては、良いとは言えないのかもしれない。同じ方であっても、その方の年齢や家族構成が変われば、モノサシも当然変わってくる。

つまり、バランスというのは
・答えがない
・その人や時によって異なる
・あくまでその方の主観である
というのが私の思うところである。

自分に変えたい形があるならば、それに向けてチャレンジして欲しいし、チャレンジしたいと思う。
ただ、側から見てどうであれ、当事者がバランスとれていると思えばそこまでであり、それを第三者が意見することはできても、最後は当事者本人の意見である。

だから、バランスの正しい在り方を考えたとしても、それに対してチャレンジしたとしても、皆が考えているか、そして考えたとしてもそこからチャレンジしているかは、秤りようのないことであると私は思う。正解がないだけに難しいことであるが、逆に、自分が良しと思えばそれで良いこととも言えるのではないだろうか。

海と珊瑚礁と

B03067b945554c42869e843345f39a5b
580454b818524ddea7074d0991f33e78

Cdaacdd069fb49d198ef67241b4ced44

この日以来、約4ヶ月ぶりに来ました。

珊瑚礁モアナマカイ店。
景色も食べ物も大好きな場所。

何かあると夫と2人でココに来ているような気がします。

1ヶ月以上ぶりに、夫婦2人で出かけたような気がします。
そして、1ヶ月ぶりに、真っ当な食事を摂ったような気がします。
さらに、夫の海外出張・緊急搬送・入院で、8月11日から時が止まったような感覚でしたが、やっと時間が流れ始めた気がします。

美味しいカレー(今日は浜トンカレー)と、シーフードサラダと、海と、江ノ島と。
今日は波が高く、サーファーもいました。

4年8ヶ月だけど鎌倉住民だった私にとって、鎌倉は観光地半分、元生活圏半分。
それでも、このお店、珊瑚礁は、私にとって大好きな特別な場所の1つです。


半年ぶりの長時間勤務

半年ぶり、4月に今の職場になってからは初めて、今日8.5時間勤務でした。

実は、3月までの前の職場では、週1ぐらい当たり前のようにあったことなのですが、休憩時間が曖昧なところがありまして。。

今の職場、通常は夕方から4〜4.5時間勤務のため、今日は約2倍。
昼間がどんな状態なのか、どのぐらい疲れるのか、想定できずにいました。

終わってみての感想は、「思ったより疲れなかった」「8時間働くためのon-offの必要性」「2倍働いたことでの達成感」というあたりでしょうか。

同じく昼から8時間勤務のフリーターの方と休憩時間が一緒だったこともあり、休憩時間をしっかり取り、お昼をしっかり食べた事も大きかったかもしれません。

長時間勤務、家の都合で今はなかなかできませんが、月1ぐらい、たまには申請してみようかな?
昼間に仕事することで、普段見えないことが見えたり、気づきもありましたからね(^^)。

今日退院です

3週間入院した夫が、今日午後、退院の運びになりました。

急変も、緊急搬送も、救急車搬送後の運転も、過去のような、PDSTのような。

新横浜往復と三鷹往復、最後は仕事。
今日1日頑張ります。
ご飯食べる時間と作る時間はどこへ?

追伸)個々へ連絡すべき方へも時間とれないため公開報告で失礼します

3週間経過と退院予定

C803b45813db47c1bee8d87bdd414eda 46f7c0089721472b8a55fc8d183c5966

夫の緊急搬送・入院から3週間が経ちました。早いものです。

私、毎週、仕事休みの水曜と日曜に面会に行っていたのですが、前回日曜、遂に身体が悲鳴を上げて起きることができず(正確には修学旅行の三男を見送った後早々に寝てしまってから…です)、遂に面会お休みしました。そのため、今日は1週間ぶりの面会となりました。

1週間前はカンファレンスでした。
先週の時点で、本人は既にすっかり落ち着いており、後は
・血液検査で菌がゼロになること
・今後の腹膜透析の内容見直し
でしたので、最近は、抗生剤点滴と血液透析と腹膜透析を併用しつつ、運動リハビリもしていました。

食事も1日1800kcalの割には豪華に見えますが、しっかり計算された内容を摂取しているのもあり、オーバーしていた体重も落ち着いてきたようです。
ちなみに、普段から小食気味なほどですが、それでも入院すると毎回痩せます(笑)

透析メニューの見直し含め、順調に進んでいるようで、今日になり、明後日、9/14金曜の退院と決まりました。(どうしていつもこう急に決まるかな…と思いつつ。)

それに伴い、私の面会も本日で終了です。
退院日は退院時間次第で迎えに行かれるかまだわかりませんが、行くとしても昼間なので、面会時間ラストの20時までいて帰宅するという夜移動は今日がラストです。

毎回眠い時間に運転することが多く、今回は、慣れている道をいかに使いこなすか、を考えながら運転していました。行きと帰りでは(時間的な事も含め)渋滞する箇所が異なるため道を使い分け、赤信号の長い箇所は避け、往復共ほぼほぼ平均的な時間で移動することができました。

片道25㎞。今日は行き1時間15分、帰り55分でした。
最近はEV車が増えているのか、煽られることが少なくなったような気がします。
(トラックは車に寄りますね。急いでいる車もいるようで。)

今回は、救急車搬送後に運転したり、搬送翌日は仮眠で運転したり、体力精神力勝負でした。特に、救急車出発後、新川崎の夫職場から三鷹までどの道を通ったのか、途中まで記憶がありません。後半のコース、登戸駅・多摩水道橋から狛江を抜けて仙川駅へ向かうところは覚えているのですが、そこまでの道のりが全く思い出せないのです。大きい通り3本(尻手黒川・府中街道・多摩沿線道路)のいずれかなのは確かですが、どの道をどう渡り歩くならぬ渡り走ったのかは、最後まで思い出せませんでした。

救急搬送後に運転することは極力避けたいですが、今回経験したので、次回がもしあるならばもう少し冷静に対応できるかな、と思いたいです。

画像は、今日の最高燃費と、自宅到着後の運転スコアです。

三男の小学校修学旅行終了

14769921049b45c89d71617883506d8b 0e64a989af244d2aab92c19ad8634221

我家の三男、昨日、小学校の修学旅行(正確には宿泊体験学習)の日光から帰宅しました。
移動はクラスごと1台で観光バスです。(三男は3組なので3号車。)

9/9日曜出発の2泊3日で9/11火曜夕方帰宅でしたので、本日9/12水曜は代休でした。

帰宅した際、私は夕方から仕事で本人に会えなかったのですが、仕事から帰宅したらいつもは早寝(21時台)な三男が、私の帰宅22時まで起きていてくれました。ムギューしてあげたら、サクッと寝ていました(笑)。

その代わり、仕事休みな今日、朝から、日光での2泊3日の様子を色々聞かせてくれました。
全てが楽しかったようで、1から10まで時系列で色々話してくれました。
1時間以上話していたような気がします。

内容を凄く簡略すると…
・1日め:竹細工体験・キャンプファイヤー・ナイトウォーク
・2日め:戦場ヶ原散策・龍頭の滝・華厳の滝・日光彫体験
・3日め:日光東照宮・お土産購入

一番楽しかったのは、三男本人が係として参加した、1日め夜に行われた「キャンプファイヤー」だったようです。
寸劇仕立ての進行に、先生方のセリフはアドリブ満載で、ノリノリで終わったようです。

現地の天気が心配でしたが、幸い、雨は2日めの戦場ヶ原散策の午後以降だけで済んだようです。ただ、本人の想定より涼しかったようです。

他にも、修学旅行あるある話(部屋でトランプやUNOで遊んだ…という平穏な事から、夜に女子の部屋に行こうとした人がいた…とか、懐中電灯で遊んでいて没収された人がいた…とかとか)や、雨が降っているのに外の露天風呂に行ったなど、聞いていて「オイオイ…」と思う話も多々ありました。

お土産はお小遣い3000円以内で、事前に計画を立てていたのですが、計画を私に一切見せず、こちらが不安でした。(単に事前に知られたくなかったようです。)ただ、多少変更しつつ、祖父宅や祖母宅のお菓子や家族全員分の小物、頼まれたお土産含め、しっかり買ってきました。おつり120円。あまりの使い道の良さに私がビックリしました。

いつまでも子供だと思っているのは私の方で、本人はしっかり小学6年生なのだな、と実感してしまったほどです。

海外出張から含め、父親不在4週間のまま修学旅行に突入し、本人の精神面に少なからず影響がないか不安でした。しかし、帰宅したら私に甘え、現地では精一杯楽しみ、キャンプファイヤと班長の仕事どちらもきちんとこなし、現地の様子を実況中継の如く話し続ける三男を見ていて、私の方が本当にホッとしました。クラスで一番仲の良い子が直前まで体調不安だったようで、その子と一緒に参加できたことを一番喜んでいて、三男らしいな、とつくづく感じました。

画像は今回3日間お世話になった観光バスと、お土産一式です。

小学校修学旅行を前に

我家の三男が、明日から2泊3日、小学校の修学旅行で日光へ行きます。
正確には「宿泊体験学習」と言います。(便宜上、修学旅行と書いています。)

長男が小5、2010年までは、ホテルに1泊で「修学旅行」という名称でした。
それが翌年、長男小6から、公営施設・青年の家のような施設に泊まる代わりに、同じ金額で2泊3日というスケジュールに代わり、名称も「宿泊体験学習」と代わりました。そして、丸1日日光に居る日ができたことで、戦場ヶ原の散策が増えました。長男・三男の小学校では、2011年以降、ずっとその状態が継続されています。そして、今年は明日から2泊3日です。

1つ例年と違うことは、今年は、例年の公営な宿泊施設が耐震工事で使えないこと。そのため、1泊は別の公営施設ですが群馬県の赤城、ただそこに2泊では(日光から離れているため)日光での行動時間が限られてしまうため、1泊は日光のホテルになりました。

子どもたちは、1泊公営、1泊ホテルで、ちょっと得した気分かもしれませんね。
1泊めが赤城のため、多少の変更はあるようですが、2泊するので、活動内容は例年と大きく異なることはないようです。大きく変わることは費用!団体でホテル利用とはいえ、民間より費用がかかることは免れず、例年より約1万円高いようです。例年2万円でおつりですが、今年は3万円でおつりです。
来年からは昨年までの施設が使えるので、今年だけ費用がかかるものの2泊となったそうです。

そもそも、先週火曜午後に説明会があり、そこで振込用紙を渡され、その3日後の「金曜日までに振り込んでください!」と言われた時には唖然でした。しかも、ゆうちょ窓口かATM限定…。

持ち物もほぼ自分で揃え、お小遣いの使い道計画も立て、今晩、三男と持ち物確認をしました。
日光の気候が読めないのが難点ですが、上手く組み合わせられるよう予備の長袖を持たせるなど、一部変更したぐらいです。洋服の組合せや色合わせは、日頃から本人任せですし、荷物管理も特に心配していません。

初の2泊3日!
父親が、海外出張から帰国後早々に入院したため、父親不在から4週間経ってしまいました。
その状態で日光宿泊に突入することに少なからず不安はあります。
本人は、社会科が好きなので、日光に行けること自体も楽しみですし、先生や友達との2泊も楽しみにしています。更に、キャンプファイヤー係に立候補し、校長先生も登場する寸劇含む進行を、とても楽しみにしています。(シナリオも見せてくれましたがなかなか面白そうです!しかも登場する先生方のセリフはアドリブらしいです!)

明日から3日間。
この3日間だけは、自宅での頑張りを忘れて、先生方や仲間たちと、精一杯楽しんできて欲しいと願っています。皆の体調も天気も含め、3日間無事過ごせる事を願うばかりです。


2週間経過とカンファレンス

夫の緊急搬送・入院から、2週間が経ちました。
2週間前の今頃は、救急車が先に出発し、私は自家用車で大学病院へ向かっていた頃です。
現在、気力だけでは身体が動かなくなりました。

今日は、病院スタッフ6名(医師チーム3名・研修医・病棟看護師・透析センター看護師)と夫と私の合計8名でのカンファレンスでした。急性腹膜炎の原因、治療内容、今後の治療方針、腹膜透析継続可否、半年に1度の腹膜透析の評価結果(正式な検査名称が出てこない)、継続にあたっての留意事項などなど。

原因菌はわかっても、感染時期は特定できないそうです。
海外出張中の手技方法の違いなのか、帰国後の事なのか。
切り分けが出来れば今後の対策になるかな、と思ったのですが…。
同じ菌でも、元々の体調や免疫力に寄って、症状が出るまでの時間や悪化のスピードが異なるとの事でした。難しいです。

腹膜透析は5年が目安とされています。
今回のカンファレンスで、あと半年は現状通り、腹膜透析+週1血液透析になりました。
ただ、この機会に、腹膜透析の内容を見直すことになりました。
7月から仕事内容が変わり、腹膜透析時間の確保のため食事もままならない生活になっていたこと。
腹膜透析の効果に(悪い方の)変化が出ていた事の改善。
腹膜に優しい透析の在り方。

今後1週間、治療と共に、今後の腹膜透析のbetterな内容を模索することに。

チームトップの医師や主治医の話を聞くに、今回はあくまで急性腹膜炎での入院でしたが、他の臓器への影響、透析の評価や見直しをするには良い機会だったのかも知れません。

本人は週1血液透析で大学病院へ通院していても、私が主治医と話す機会はまずないです。
そういった意味でも、腹膜透析導入から4年半経った今、今後の事も含め様々な話が出来たことは、私にとっても良い機会だったのかな、と思っています。

腹膜の回復は時間の問題なので、あとは体力の回復と、より良い腹膜透析の内容が決められたら、と思っています。

現在、様々な事が併走しており、私の心身は悲鳴状態です。
でも、あと1週間は、仕事か面会か、の日々になりそうです。
今日は、カンファレンスで力尽き、大学病院で仮眠してから帰宅しました。

大型台風が去りました

昨日、大型台風21号が近畿地方を縦断しました。

台風の関東直撃は毎年のことですか、続けて近畿地方を縦断するのは珍しい気がします。
私の記憶にはありません。

昨日はニュースを見れなかったのですが、今朝になり、関西空港や大阪・京都の様子をテレビで見ています。
鉄道の運休、店舗や施設の閉店。
雨より風が凄かったようですね。
大阪の最大瞬間風速50m/s超、映像を見るだけで怖いです。
(ただ関空除くと平均風速10〜20m/sだったようで、数字だけ見ると横浜と変わらないのは何故?)

通過は近畿地方とはいえ、今回は暴風域が関東にかかる大きな台風。
昨日は、横浜でも影響を受けました。

雨はドッと降ったり止んだりでしたが、とにかく風が。。
夕方以降、風速12〜13m/sだったようです。(アプリによる。)
夕方以降の車運転と自転車運転は揺れて怖かったです。
車の運転もですが、停まっているときは目眩なのか地震なのか?と思った程。
自転車は途中諦めて押しました。

都内で電車が止まっていたのは今朝知りました。
最初から閉鎖閉店を決めていた近畿地区より、離れた地域、通常営業した名古屋や東京の方が帰宅難民など出ていたようで妙な感じを受けました。

今朝、横浜はカラッと晴れています。
気温が久々に高くなりそうです。
今日もマヒが続くのでしょうか?

休むが負け?

敵は、動けなくなって休職した昨年の自分。

動けなくても動く。
休まない。
穴をあけない。

運転も家事も仕事も面会も、そのときだけはON。
あとはOFF。

気をつけていることはそれだけ。
これで8月中旬から乗り切ってきた。

今の問題はONにしてもONになりきらないこと。
今まで以上に張り詰めてやっとONになる。
その分、それが終わった途端、電池切れの如くOFFになる。

二極化がどんどん進む。
いつになったらこの状態から解放されるのか。
いや、解放されないのか。
この状態に心身を慣らすしかないのか。

仕事が休みな今日、心身が思うように動かない。
この状態を乗り切るには、速度を落としても「走り続ける」しかないのだろう、と私は思う。
私は私。代わりはいない。だからそれしかない。
今日の私、速度を落としたら逆走でもしたのだろうか。

疲れ不足?

5月後半から、睡眠障害が続いています。
まず2-3時間で目が覚め、その後、1時間ずつ目が覚めて朝を迎えます。
当然、寝た気がせず、朝から疲労感が抜けきらないのです。

そんな生活も3ヶ月を超えました。
お風呂、ストレッチ、読書、音楽、薬…
色々試したものの、どれも効果なく。

ところが、この週末、8時間起きられませんでした。

この週末は、土曜は仕事開始が遅く、日曜は休みでしたので、寝坊可能ではあったのですが…。

5月後半以来、初めてです!

何か特別なことをしたつもりはありません。

強いて言うなら、仕事か面会の日々で2週間オフがないこと、土曜は更に仕事が忙しくヘトヘトで帰宅したこと。

特に土曜夜は、寝た時間の記憶すらありません。
今まで、疲れ方が足りなかったのでしょうか?
倒れないように無意識にセーブしていた、自己防衛だったのでしょうか?

仕事や面会時は、時に服薬しつつ、スイッチ入れて動いています。
頭痛あっても眠気があっても、仕事中や運転中は集中します。
救急車対応の後の運転、真夜中の運転を経験したら、普通の運転が楽に感じるようになりました。
仕事はその後休まず行っています。フラつき感は自覚して動いています。

スイッチを入れても疲れを感じるぐらい、帰宅したら速攻で寝る!ぐらい疲れ切ればよいのでしょうか?
まだまだ修行不足?

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30