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泣ける幸せ

人間は心身が限界なり許容量オーバーになった場合、2タイプに分かれるように私は思う。

①心は動くが身体が止まる
→心がマイナス思考になり身体が動けなくなる
→部屋や布団から出られなくなる
→全ての欲を感じなくなる
→引きこもる

②身体は動くが心が止まる
→動くためには負の感情を切り離なければならない
→感情が機能しなくなる
→喜怒哀楽を感じない
→嘘笑いできても泣けない

どちらも私が経験したこと。
ただ、身体と心、両方止まった時は、どうなるのだろうか。
経験がないだけなのだろうか、そう思っているだけなのだろうか、表現できないだけだろうか。

昨夏の私は①でした。
今回は②です。やっと音楽を音として受け入れられるようになり、曲によって泣けるようになってきました。泣くのは1人きりの時だけ。今日は、運転しながら聴く音楽に、色々な想いが溢れ泣き出しました。その時に、その時の感情にタイムスリップできる音楽の力は凄いです!

緊急搬送から1週間

夫の緊急搬送・入院から、ちょうど1週間が経ちました。
ちょうど1週間前の今頃、救急救命センターに着いたところです。

時間の流れが早かったり遅かったり、変なまま今日まで来ました。

急性腹膜炎の原因菌がMRSAと確定し、手術は回避されました。
点滴が終わり、昨晩から食事が始まり、幸い、順調に回復しています。
今は、腹膜に抗菌薬を貯留・排液、洗浄を1日4回、血液透析週3回の日々です。

血液検査の結果も改善していますが、退院まではあと1-2週間と予測しています。

仕事休日を面会に充てているので、休む時がなく、私の身体との戦いです。
今日も面会に行ってきました。
夫が食べられるようになったので、今日はデイルームで一緒に夕飯をとりました。
そんな些細なことが嬉しくてたまりません。

薬が効いてきたのか、今日は1週間ぶりに2食摂れました。

こういう時に限って、実家も自宅も、他の事も動いています。
目の前のことを1つ1つ、順次こなしていきたいと思います。

入院から得られること

海外出張から帰国して早々に、緊急搬送、緊急入院した夫。
本人は勿論、私も様々なことが止まってしまった。

搬送や入院は無いのが有難いが、入院した今、思うこと。

これが起きた意味は何なのだろう、と。

先日、『程よい距離とは』というブログを書いた。
http://manbowakemasa.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-5275.html

これ自体は、1つの要因でなく、色々積み重なったことで書いたものである。

ただ、私としては、
このテーマについて考えるために入院したのではないか、
と思うようにしている。

これを実践するために、外ばかりでなく自分の家族に目を向けるために。

そう思うと、搬送も入院も、現実に意味を与え、必要なことだと。

いま起きていることには必ず意味がある!

些細な事でも経験から

水曜夜の救急車対応後の運転、真夜中の運転、徹夜明け頭での運転。
心が平常でない、身体が悲鳴を上げている、経験のない状態での1時間半を経験した。

時間がかかっても、事故らず、必ず目的地へ行く!

それだけを考えて運転していた水曜夜から木曜夜。

相当気を張り詰めていたが、私の運転歴では極限との戦いだったが、無事乗り切った。
これを機に、運転に対して1歩強くなったのかもしれない。
その時は必死だったが、5日たった今、貴重な経験だったと思えるようになった。

今朝、3日ぶりに、次男の施設送迎で10キロほど運転した。

胃が痛くてもフラフラでも、車に乗り込めばスイッチ入ったかの如く、新横浜まで普通に運転できた。
途中救急車とすれ違っても大丈夫だった。

運転する方にとっては当たり前のことかもしれない。
でも私にとっては、とてつもなく大きなチャレンジだった。
これで、運転に対して1歩成長したと思いたい。

超えられない試練はない

正直なところ、良くこれだけのことが次から次へと続くなぁ、と思うことはあります。
ただ、「超えられないところに試練は来ない」とよく聞きます。

それなら、私でも超えられるのでしょうか?

今までも様々な事か起こりましたが、どうにかここまで生きて来れました。
ということは、どうにかなってきたのだということです。

自宅と実家の事情を合わせると、周囲からは唖然とされます。

私も本音は同じです。
なんで?また?どうして?と葛藤しています。

ただ、困難が続いて自分だけが辛い思いをしているとは思っていません。
辛いと思うかは、その方の置かれた環境によって異なるからです。

ただ、
今置かれた環境の中で、自分なりに自分らしく道を歩んでいきたい!

これだけはずっと考えながら生きていくのだろうな、と感じています。

18年ぶりの新ルート

昨日8/26日曜、大学病院への面会は、道路渋滞を懸念して電車バス移動にしました。
単純に、駐車料金が高くて(通常面会は1時間400円)、4時間停めたら電車の方が安い!というのも理由の1つです。

今までの基本路線は、

・自宅-(東急バス)-最寄駅-(東横線)-
渋谷駅-(井の頭線)-吉祥寺駅-(小田急バス)-杏林大学病院前

でした。これが安いし早いし…と思っていました。しかし最近、夫が何度か試し乗りをした際、渋谷駅から変え、

・渋谷駅-(井の頭線)-明大前-(京王線)-仙川-(小田急バス)-杏林大学病院前

というルートなっていました。昨日私もこのルートで移動してみました。
たしかに、この方が早いし20円ながら安いのです。明大前での京王線の種類次第ではあるものの、仙川駅でも、駅から外に出るまで、出てからバスターミナルまで歩くことを考えても、吉祥寺駅での乗り換えより楽なのです!あとは単純に「来たバスに乗れば良い!」という単純さや、バスの本数が多く感じたこと、ターミナル駅より乗り換えが楽!などなど。

接続が良かったわけでもないのに、1時間35分で着きました。公共交通機関では早い方です。
帰りも1時間半〜40分で帰り着きました。

長男次男から合わせれば、18年半お世話になっている大学病院なのに、今更、早くて安いルート発見です!このぐらいならば、道路渋滞で2時間かかるより精神的に楽に違いない。

駐車料金(何時間停めるか)によっては、この手段もアリかな!と18年ぶりの発見でした。

時間の感じ方

8/22水曜から、時間の感じ方が狂っています。

真夜中に往復50キロ運転し、27時半に帰宅し、3時間仮眠で翌朝になり、そしてまた大学病院へ行き。

気づいたら24時間で大学病院2往復していました。

今日の昼間は、近所に買い物に出ただけですが、気づくと時間だけが過ぎている感じでした。
熟睡できないからかもしれませんが、寝落ちこそしていないものの、もしかしたら無意識にボーッとしていたのかもしれません。気づいたら時間だけが過ぎて行くような1日でした。

仕事中は、いつもと変わりないはずなのに、「気づいたら時間だけが過ぎている」と感じることが多かったです。やることはいつもと同じなのに、やはり体内時計なり感覚なりが狂っているのでしょうか。

緊急搬送から丸2日経ちました。
48時間前はまだ大学病院到着前でした。
そこだけ考えると、まだ2日なのか、と遅さすら感じます。

やはり時間の感じ方がいつもと違います。
寝るときにしっかり寝て、心身のON- OFFがしっかりできれば戻るのかな、と思いつつ。

真夜中の運転は違う世界

1つ前に書いた通り、8/22水曜、夫が職場から大学病院へ緊急搬送となりました。
私は職場まで車で迎えに行き、本人の容体を見て緊急搬送と決めたので、当然ながら、私は救急車に乗らず、自分の運転で大学病院へ行きました。

その時点で22時過ぎていました。
そこから25km、1時間から1時間半の運転。

夫の容体以前に、基本的に、そんな遅い時間に私が運転することがないため、それだけで一苦労。
ナビより「確実に運転したことのある道」を選んで走っていても、景色が違うといいますか、明る過ぎたり暗過ぎたり、気を抜くと、どこを走っているのか一瞬わからなくなる感覚でした。
ただ、この時間はまだ帰宅の途の車も多いようで、速く走る一般車両が多い印象でした。
まあ、それでも充分煽られているようで嫌だったのですけどね。
しかも、いつの間にか、新しい抜け道が出来ていて迷子になりかけましたし。
(新しい道ができていて、裏道が正式ルートに変わっていた、と気づいた翌日昼間…。)

更なる問題は帰り。
26時半の運転。
当然初めてです。
なんでこんな真夜中に走らなければならないの?と、眠さと怖さで半泣き状態。
とはいえ、帰らないわけにも行かず。
この時間になると、街中はガラガラすぎて、逆に信号の少ない裏道の方が車の数が多い。
時間的にトラックやタクシーばかりだからでしょうか。
皆さん速度が全体的に速い!
しかも、ライトや信号で目はショボショボし、変な緊張感がありました。
おかげで眠気は飛びました。

真夜中の運転。
景色でなく、ナビの地図だけを頼りに走っているようで、初めての私にはなかなか怖かったです。
どこかわからなくなる感覚。夜中に走っていると慣れるものなのでしょうか。

そのおかげか、今日朝夕の送迎での運転。毎日通る道。寝ていても運転できるのではないかと思うぐらい気楽に運転していました。

でもやはり、真夜中のトラックやタクシーばかりな時間の運転は避けたいですね。
一部の車には煽られて怖かったもので。。

夫の緊急搬送

夫ですが、8/19日曜に海外出張から戻ったかと思いきや、8/22水曜夜に緊急搬送・入院となりました。

急性腹膜炎の疑いです。

昨晩「職場に迎えに来て欲しい」と夫から珍しい連絡があり、偶然ながら私が仕事休みでしたので、車で向かいました。実は勤務地変わってから初めての迎えで、着いてホッとした…

のも束の間、本人が正門から出てきた途端、車に雪崩込むように入り。
即、4年前の、3時間で容体が急変した急性腹膜炎での症状に近いと判断。
そのまま私の運転で大学病院へ連れて行くことも考えましたが、他に人がいない中、運転中に何かあっては対応ができないと判断し、その場で救急車を呼ぶ判断をしました。地理のわかっていない私の代わりに、会社の守衛さんに電話対応していただきました。感謝です。

前例があるだけに、更に悪化の進行スピードが早く感じ、職場から救急車で1時間かかるものの、かかりつけの大学病院への搬送をお願いし、搬送してもらいました。私はそこまで車で来ていたため、救急車でなく、自家用車の運転で大学病院へ向かいました。

今のところの検査結果では急性腹膜炎の疑いです。
救急車内で、酷い腹痛のほか、寒気、血圧上昇、発熱、軽い酸素吸入も行なっていたので、救急車搬送で正解だったと私は判断していますし、担当医からも判断が良かったと言われました。そもそも、本人が1人で動ける状態でなかったですから。正門まで出てこれたのが不思議な程です。力尽きたかの如く。。


以下記録として。

救急車依頼2150
救急車到着2200
救急車発車2215頃
大学病院到着2315頃
私の到着2340
本人と面会2415
病棟移動2530
病院出発2630
自宅到着2715

自宅から大学病院まで、職場から大学病院まで、どちらも約25km。
通常ならば移動に車で1時間半、電車バスなら2時間弱です。
どこでもドアが欲しい。

甲子園の終わり=夏の終わり

昨日8/21火曜、夏の全国高校野球選手権大会、第100回記念大会が終わりました。

今日になり、昨日の情報に触れています。
テレビを観ていると、今日は、優勝した大阪桐蔭、準優勝の金足農業、の内容だらけですが、2チームに限らず、高校野球に関わる全ての方々に「お疲れ様でした」という気持ちです。

毎夏、私は、甲子園が終わると「夏が終わった…」と感じます。
決勝戦は毎年8/21ごろです。
大学生の時は、サークルの合宿中に決勝戦、という記憶があります。

甲子園で観戦したのは、大学4年の夏が最後です。
甲子園には、応援団、吹奏楽部(OB)として、高校3年の春、大学3年の夏、大学4年の夏と行きました。

想いが強すぎて、神聖な場所すぎて、甲子園球場および大阪城や京都嵐山、その後行けずにいます。
行ったら見えなかったものが見えるかな?と想いながら。

夫の帰国

昨日、予定通り夫が無事帰国しました。

夕方の成田は、かなり混雑していたようです。
当然ですよね。世の中「帰国ラッシュ」なる日でしたからね。
飛行機は予定通り15時半過ぎに着いたものの、その後荷物に時間がかかり、NEX乗るのが遅くなり、自宅に着いた時には19時でした。

時差も含めた疲労感はともかく、無事帰宅できホッとしています。
5年半ぶりとはいえ、前回と地域もホテルも同じということで、終わってみても、出張そのものはあまり気にしていなかったように思います。
夫不在で家事分担分が増えるのは仕方ないとして、入院不在なら大学病院行きなる時間が必要ですから、それがない分、あまり負荷を感じることもなく。

たた、透析を始めてから初の海外出張!
これだけは心配が尽きませんでした。
透析そのもの、それによる腹膜炎の心配、(現地の生活パターンの都合で)この1週間だけ透析液も時間も通常と異なるパターンで行なっていたこと。更に異なる食事の影響。
そんな中、物理的に除水や濾過が足りるのか。
現地で尿毒症や腹膜炎になることの不安の方が大きかったです。
本人の違和感から自主的に診察受けて入院したパターンもあれば、自宅から救急車搬送経験、院内での急変、と経験しているからかも知れません。

武蔵小杉駅で夫の顔を見て、一気に重荷がとれ、心が解放された気がしました。

今日、夫は、身体のメンテナンスで朝から大学病院へ行っています。

この1週間、本人が大変だったと思います。
今後のことはわかりませんが、透析しながらの海外出張を無事終えたこと、これで仕事も心身とも復活してくれたらいいな、と思っています。私はただ寄り添って見守るだけですから。。

命、生命、生きるって何だろう?

生きている、生かされている、生きさせていただいている、生きたくても生きられない。

生きているから喜怒哀楽がある。
命とは「人に一度叩かれる」と読んだことがある。

答えは「自分で見つけるしかない」ことはわかっている。
そもそも、答えがあるのかすらわからない。
有るのに見えないのか、無いものを見つけようとしているのか。

半年に一度、目の前に現れる壁。
今回は、いつもよりちょっと高い気がする。
日野原先生の本を読みながら。

8月15日

…と言ったら、速攻で「終戦記念日」となるのですが…

これはあくまで私個人の話。

昨年の8月15日は火曜日。
朝、突然起きられなくなり仕事休職してから3週間。
休んでも治らず、中核病院に通院し検査を続け、とりあえず最低限の懸案事項がクリアされ、翌16日水曜からの復職にokが出た日。そして16日から5日間、公募で通った出張へ。もし今年もこの仕事を続けていたら、きっと申し込んだだろうな(それが通るかはわからないけれどね)と思うほど、充実した日々だった。病み上がりで体力は本当に大変だったけれど。。朝から朝食昼食夕食作って出かけていたのだから。我ながらあの体力で5日間良く保ったな、と思う。
あの時、私の体調を毎日気にかけてくださった現地責任者の先生、ステキな授業を見せてくれた先生方、そんな出張中の私を心配してくださった元職場の上司、そしてこんな体調での出張行きに反対なく出張中様々な対応をしてくれた家族。感謝しかありません。

4年前の8月15日は金曜日。
検査通院の日で、病院へ行ったら、とある値が悪すぎて、そのまま入院に。
本人一見元気なのに何故?と思いつつ、説明されれば不本意でも納得せざるを得ない状況。
この時は、本当に一時帰宅すらさせて貰えなかった。だから全て夫に入院先に持ってきてもらったのだと思う。この時も入院3週間。記憶が正しければ。。毎日日記を書き、リエゾン看護師さんを紹介してもらい、毎日様々な話をさせてもらった。他の医療スタッフには本音中の本音は言えなかったけれど、この方にだけは100は無理だったかもしれないが90は話していたと思う。人を信用するのが苦手な私にとって、それでも私自身が耐えられない状態だったのか、家族にも本音で頼れないほどドタバタしていたのか、このリエゾン看護師さんの人柄なのか。4年経っても答えはわかりません。

どちらも、そう簡単に過去形にならないし、きっと、何年経っても答えがでないことなのだろう。

送迎を休むことの有難さ

次男は施設通所に付き添いが必要なのですが、昨日の朝夕と今朝、3回続けてヘルパーさんに頼みました。

養護学校高等部になってから、朝は週1ヘルパーさんと通学し、夕方は週3で放課後ディサービス(障がい児の放課後居場所)を使っていたので17時半〜18時頃車で家に送ってもらう生活でした。
(だからこそフルで仕事できたのですけどね。)

4月に通所になってからも、朝は同じ曜日・時間に、同じ方にお願いしています。
ただ放課後ディサービスは使えなくなったため、今は毎日、16時着で私が迎えに行っています。(実家フォロー+面会の日は16時に間に合わないため、同じ施設の一時預かりを利用し、18時迎えにしています。)

16時でも18時でも、決められた時間までに必ず自分が迎えに行かねばならない状況。この負担が意外と積み上がり、まずは週1から、迎えもヘルパーさんに頼むことにしました。どなたかはまだ決まっていないのですが、昨日は相談員さん自身が次男の迎えと、帰り寄り道をしてくださいました。私が迎えに行かなかったのは、緊急宿泊を除けば4月以降初めて!

先に書いたように昨日は出かけていたのですが、時間を気にせず過ごせるのがどれだけ助かり心が休まるのか。それが週3も使えていた当時は(その時は週3でも足りないと思っていたけれど)なんと贅沢だったのか。。

次男にヘルプが必要な以上、次男自身を知ってもらうこと、次男自身が第三者のヘルプでも動けるようになってほしいのもあります。しかし、私自身が「全てしなければならない」状態から距離が必要なのかと。夫が、仕事と透析、自身のことで手一杯となれば、第三者に頼むしかありません。

片道車で20分、電車徒歩なら45分。これが遠いととるか近いととるかはわかりません。ただ、私が迎えに行くしかない現実と精神的負荷が意外と大きかったのだと、昨日迎えのヘルプをお願いしてみて改めて感じました。

昨日の束の間の夏休み?は、その意味では私自身も含めてだったのかもしれません。

帰りのヘルパーさんが無事見つかることを願いつつ。

束の間の夏休み?

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昨日は綺麗な青空!
そして我家唯一の夏休み?

夫は出張中で、長男の夏期休暇が11-15日なのに、その間私の休みが昨日しかなかったため、長男三男と出かけてきました。
次男は施設通所で朝夕送迎共ヘルパーさんに頼みました。迎えがあると、どうしても時間に縛られてしまいますから。今日のお出かけは、日頃次男のヘルプを頼まなくてもやってくれる長男三男へのご褒美も兼ねて。。

前日に長男三男と計画を立てたところ、映画とランチになりました。

映画は三者三様で、偶然、10分差ずつのスタートでした。
お盆休み真っ只中なためか、この暑さのためか、同じ事を考える方が多いのか、10時半には人だらけ。ショッピングモールのオープン10時から一気に混むと読み、9時台に着くように移動したところ(映画館用にオープン前から入れる場所がある)、サクッとチケット買えました。

ランチはトンカツに。子供達はトンカツ2枚の御膳を食べ、ご飯や味噌汁をおかわりし、私の倍は食べていました。それなのに、小学生半額!というサービス期間で(しかも入店してから気づく…というより店の外に掲示していた記憶がない…)三男は半額。おかげで我家的にはお財布に優しいランチとなりました。

三男も小6。いつまで親と出かけてくれるかわかりませんが、たまには…。

時差16時間

夫の出張先と日本との時差、16時間。
日本マイナス16時間=現地。
これが慣れません。

昨晩、日本時間22時で、現地6時。
私が仕事から帰ってきたら、「おはよう!」と。
そっか、日本は1日終わり…ですが、現地はこれから。
当たり前のことながら、16時間の違いは大きいなぁ、と。

夫は7月から、現地とテレビ会議、朝7時から・朝8時からということで、早く出る日が続いています。今更ながら、日本7時=現地15時・日本8時=現地16時、当然かぁ…と実感しています。

しかし眠い…
夫の出張中は眠れなく…は変わらないらしい。
今回は元々の睡眠障害の延長かもしれないけれど。

夫の海外出張

世間がお盆休み真っ只中なところ、夫は今日出国で海外出張へ。
いつも通りの6泊8日です。

海外出張は5年半ぶりです。
パスポートも国際免許証も再取得。
それまでは年に何度か行っていましたし、今回のサンノゼに至っては何度と行っていますし(出張先会社こそ違うものの)地域としては同じなので、空港どころかホテルも同じだったかな。搭乗便・訪問先・ホテル・連絡先など、詳細を出発日の今日になって知った程「いつも通り」としか聞いていないレベルでして。。
そもそも本人も今朝になってスーツケース出して準備したレベルです。。

そんなわけで、昼にNEX最寄駅のJR武蔵小杉駅まで車で送り、夕方の便で飛んで行きました。
いまフライト中。
イマイチ実感がありません。
まあ、行き先が以前と同じことに加え、「夫の不在」という意味ではこの5年半に4回入院しているからかもしれません。我家としては、長男は15日まで仕事休み・三男は小学校夏休みですが、次男は平日通所、だから私も平日はいつも通り仕事なので、普通に1週間過ぎていくのかな?と思っています。

夫不在、1週間会えないのは事実ですが、今やSNSで近況もわかりますからね。
以前ほど海外が特別という感じがないのかもしれないです。
さて、実際にはどうなることやら…。

程良い距離とは

人は、その環境に身を置いて初めて気付くことがたくさんある。

ただ、その人に共感はできても、その人と全く同じ想いをすることはできない。
その人自身にはなれないのだから。

環境が変われば、思考や行動が変わる人がいる。
それ自体は私自身も経験しているし、その人の自由だと思う。
突然の変化に喜怒哀楽はあるが、変わる事は仕方ないと。

ただ、私の考えが理解できず意見をしておきながら、今更同じことをする人。
私には反論しておきながら自分はそれを平然とする人。
そればかりは許せないものがある。
そのときの私のことなど無かったかの如く自分のことだけを正当化する。
私の想いは何1つ理解されていなかったのかと悲しくなる。

人は、経験しないと、その状況に身を置かないと、真剣には考えないのだろう。
だから、そのときの私の行動や発言が疑問でもかまわない。
10年後20年後、一生ないかもしれないけれど、もし私と似たような環境に身を置くことがあれば。
その時に。
私の言葉や想いの意味を理解…ならぬ、なんかそんなことあったなぁ…ぐらい思ってもらえたら嬉しいかな。

そう思わないと自分が潰れちゃうから。自己防衛なり自分勝手かもしれないけれど。

人間関係を冷静に見るには、身近な方であっても、ちょっと距離を取った方が良いと。
距離と言っても、その方とのそれまでの関係性によって異なってくるが、その「ちょっと」なり「一歩」なりが大切だと。いつの間にか身につけているものだが、意識する事で良くなると。
…自分の中に抱いていたものであっても、本で同じことを読むと納得する。

人ってこんなに簡単に態度が変わる生き物なのだと思い知る日々。
そこまで読めなかった私の未熟さを学んだと思えば良いのだろう。
反面教師。

休憩室でもWi-Fi

土曜だけ勤務しているところ(某ショッピングモール内)の従業員休憩室。
いつの間にか、Wi-Fiが使えるようになりました。

アナウンスだけは聞いていたのですが、今日よく見たら、IDとpasswordが掲示されていました。
早速使ってみました。

ここでも使えるようになるとはいがいでした。
ただ、これから、Wi-Fi使える箇所は着々と増えていくのかなぁ?

セキュリティー面はどうなのでしょう?
私にはさっぱりわかりませんが…。

…と書いている今、昼休みでWi-Fi使っています。

8月の実家&弟フォロー1回め

昨日、今月1度目の、実家フォロー+入院中の弟への面会で、相模原市内の実家と北里大学病院へ行ってきました。

今回、台風の影響で初の車移動でした。実家に車で行くときは家族一緒なので夫の運転。だから自分の実家と言えども、私の運転は10年ぶり?、かつ初めての道・助手席で見ているだけの道も運転したため、往復だけで大騒ぎな1日でした。いざナビをセットしたら実家まで30キロ。意外と遠かったのね、と今更ながら。

父のALS症状は徐々に…というより着々と進んでいるように感じました。
左手に力が入らないのは見るからにわかりました。掴むどころか、着く手すら安定感なく。右手も弱っているようには見えるものの箸は持てるのでまだ維持できているのかと。足は一見変わりませんが、手の力の低下と共に、立ち上がること移動すること自体が大変になり、身体を動かすこと自体が遅くなり減っていました。悪循環といいますか、難しいですね。
今回、3週間空いてしまったから余計にそう感じたのかもしれません。

ALSとの因果関係はないと思われるのですが、ここ数日、目の調子も良くないことがわかりました。昨日も本来はリハビリや定期通院の予定だったものの、急遽キャンセルしていました。午後診察があれば私が連れて行ったのですが、今日以降、タクシーで移動するとのことです。足腰に目まで重なれば、タクシー以外手段がありません。(母は運転できません。)

弟は、先週の抗がん剤治療に加え、昨日までに放射線治療も終了していました。ただ双方の副作用による嚥下状態は続いています。まだ自身の痰も全ては飲み込めませんし、栄養は鼻から摂取する状況には変わらず。ただ、嚥下障害用のゼリーが食べられるようになり、味覚は戻ってきたとのこと。8月末退院予定でしたが、嚥下状態の改善を見込むと1ヶ月ぐらい延びそうです。

父も弟も、自身の体調の悪化なり改善の遅さに、苛立ちが増えています。
フォローするものの役割として、全て聞いて受け止めています。
ただ、自身のことに留まらない、家族それぞれがそれぞれの方向に放つので(3人がそれぞれ自身含め3人分の意見を言えば、私は9方向の意見を聞くことになり、それぞれの葛藤や矛盾を埋めることになる。)、それが病院でなく私の役割と思いつつ、矛盾の多さやそれを埋める作業はしつつ、割り切れない量に膨れ上がっています。

次回は、父の目の状態が明らかになってからスケジュールを組む予定です。
ただ、今後は現地での移動や両親の状況を考え、車移動を基本に考えていかないとかな、という感じです。実家で車を借りるにもマニュアル車なので、私自身はマニュアルの免許自体は持っていても今更運転できないですし。。

難題山積。。

台風接近…

台風13号が関東地方へ北上しています。

上陸は明日8/9明け方に房総半島のようですが、横浜も今朝から風が強く、18時以降暴風雨警戒のようです。

今日は、今から出かけ、19時帰宅です。
台風の影響で、今回は全て車移動です。
次男の通所施設送り→実家で父親フォロー→弟の入院先へ面会→次男の通所施設迎え。
通所施設往復12キロ+日吉→実家30キロ+大学病院往復6キロ+実家→通所施設35キロ+施設から帰宅6キロ。約90キロ走ります。

このルート、私の運転では10年ぶりや初コースもあります。
(夫の運転では通っているはずなのですが…)
朝イチでナビセットして、記憶を頼りに行ってきます。

相模原市内、迂回ルートが少ないので、渋滞したら全く読めなくなるのが難点かも。

8月を乗り切るには

昨年はじめ、毎年8月には何かが起きる。
それを吹き飛ばすように、思い出さないように、思い込まないように。

予定を詰めれば良いわけではないのはわかっている。
本を読む時間や勉強する時間、そして頭を整理する時間を作りたい。
ただ、作ると、日頃の睡眠不足含めボーッとしてしまう自分がいる。

公私ともこの状況を少なからず変えたい。
ただ、私を取り巻く現状を鑑みれば、より良い解が見えない。
新たな道を見つけるのか、新たな道を作るのか、今ある道を舗装し直すのか、来た道を戻るのか。

日頃の環境、仕事に関わる人や内容、様々な人と様々な話をする中で。
今月は意識しているにも関わらず、いや、意識しているからからこそ、「形にならないモノ」がどんどん膨れ上がっているように感じる。

いま冷静な判断ができる状況でないことはわかっている。
だから決断はしない。
しかし、打破するには、現状から時間や距離を取るのが良いのだろうか?

初仕事?のスクール概要説明

今日は臨時で、スクールの仕事でした。

スクールではこの1週間、今日まで、体験レッスンを行っていました。
通常のレッスン時にもレッスン体験はできるのですが、各シーズンに一度、1週間単位で体験レッスン期間があります。今回のような後者では、体験生だけのレッスンになるため、通常とは対応が異なる…といった基礎知識もなく通勤。行ってから全て教わるという事態に。。

体験レッスンの時は、最初に子ども達が教室に入り、保護者の方々にはその後の様子を窓越しに暫く見ていただきます。その後、保護者の方々を前に、スタッフがスクールの概要・配布資料の説明・この教室ならではの決まり・体験生特典などの説明をします。

受付対応の私にも、保護者への説明対応できるようになって欲しいから…と言われ、(言われなくても聞くつもりでしたが)その日の初回レッスンの際に、教室長が説明するところを少し離れた場所で聞いていました。個々の内容は知っていることでも、系統立ててまとめて説明するところを聞き、なるほど!と保護者目線で聞いて軽くメモとっていました。

…で今日は終わると思っていたのですが…

今日は4回説明する場面があったのですが、レッスン時間の都合で、そのうち2回は早々に私が担当することに。1回めは最低限のことは言えたものの、系統立ててないなぁと。もう一度教室長の説明後に2回めだったので、話す内容をもう一度確認。2回めは配布資料の順に説明していったので、漏れなく話せたかな、と思っています。あとは方針など大切なところをもっとプラスアルファな言葉と説明ができたら…と。

今まで塾事務時代にも、塾の概要やコース説明など行ってきたので、説明自体初めてではないのが幸いだったかもしれません。無意識に置き換えて話していたかな?と思うところも。咀嚼して説明できること。これからの課題でもありマスターしたいところです。

体験レッスン中の保護者対応は、レッスンを持っていない今の私なりにできたかな?と思っています。自身が説明の機会を与えられたこと、体験レッスンで初めてなことに取り組む目のキラキラした子ども達を見ることができ、緊張するなりに私自身いい勉強になったな!と思えた1日でした。

画像は仕事帰りのスタバにて。

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ピアノ発表会終わる

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三男のヤマハのピアノ個人レッスンの発表会が無事終わりました。
今日の第2部、13時半から15時でした。

三男が今回弾いた曲は、ベートーヴェンのピアノソナタop49-2第1楽章です。
ソナタアルバム1に載っていますが、ソナチネアルバム1にも載っている、ソナタの中では初歩の曲です。
ベートーヴェンにしては珍しく第1楽章が長調な曲です。

1つ前のブログ、当日の朝までヒヤヒヤさせられました。
今回の目標は、弾ききって達成感を得ること!としていました。
今回は「自分の演奏に自信を持って欲しい」「音を楽しんでほしい」それだけです。

私が言うのも何ですが、今まで聴いた中で、本番が1番上手かったと思います。
三男本人も「今までの中で1番いい演奏ができた」「弾ききった」と。

もちろん、今日の演奏にも、細かい指摘はまだまだあります。
ただ「いま」の力は充分発揮できたかと。
本人がそう言い切ってくれたのが1番嬉しかったです。

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ピアノ発表会の朝

睡眠3時間で迎えた今朝。眠気と頭痛はあるものの気持ちが高ぶっている感じのいま。
(正確には今朝「も」ですね。)

今日の私は仕事休み。13時から、三男のピアノ個人レッスンの発表会です。

今回三男が弾く曲は、私が好きな曲であり、私自身も小5終わりに弾き、とある試験でも弾いた思い入れのあるもの。同じ曲を弾いている嬉しさと、知っているからこそ気になるところと、複雑な気持ちでここまで来ました。

家での練習を私に聴かれたくない三男の希望と、元々私の仕事中に練習していることもあり、普段の練習は聴かないようにしています。先日、レッスンを聴きに行き、別途先生ともお話して、この曲を選んだ意味や発表会で望むものは私なりに得て来ました。もうちょっとで殻を破りそうで破れない三男のために、先生はこの3週間、個人レッスンを週2でやってくださいました。いま望むことが、ノートに書ける、言葉にできる内容ではない、しいていうなら感覚なり身体で覚えるものだから難しいというのもあります。逆を言えば、そういうものを求められるレベルに来た、とも言えますし、三男の場合はかなり意識して得られることだから苦労するのかもしれません。

今も本人、最後の練習をしています。
私は別室にいます。実はドアを閉めても、ピアノの音は完全に聴こえています。でも、三男のために聴こえないフリをしています。漏れ聴こえたつもりで少しだけ話をした程度です。

発表会は試験ではないので評価されるわけではありません。
だからこそ、堅くならず、ゆったりと、今までの練習の成果を出せるところまで出せば、自己満足で良いと思っています。試験では減点になるような点があっても、自信をもって弾いて、本人の納得する・満足する演奏ができれば充分かと。絶対評価といいますか。

さて、私が緊張しても仕方ないので、あとは、本人が自信=自分を信じて弾けるモチベーションを保てるよう見守るだけです。

でも、私が緊張するのだろうなぁ…笑
楽しんできます!

抜けきらぬ熱中症?

日付が変わってしまいましたが…

予想通り、高温注意報が出たり、光化学スモッグ注意報が出たり、忙しい1日だった。

私は結局、鎮痛剤の効かない頭痛のまま次男送迎で2往復運転し、市営地下鉄で長男の職場へ行き、最後は仕事。

今日は頭痛とふらつき感がある程度で、気持ち悪いなどの症状は出なかった。
ただ、出かけ続けでゆっくり休む時間は取れず、寝落ちする時間もなく出かけていたので、最後職場に着いた時は頭がボーっとしていた。ただ、昨日よりは体調全般にマシだったので大丈夫!と言い聞かせ。

仕事自体はどうにかなったのだが、今日に限って、脚立上り下りのような作業(要は上に置いてある在庫を下す)をしたり、レジから一番遠い売り場で品出ししていて、レジ呼ばれたら小走り…など、昨日より体力勝負な1日。昨日より動き回った分は厳しかったが、今日は最初からスポーツドリンク持参で水分補給したので、どうにか現状維持で終わった。

慢性的に体力が弱っているのか、単なる寝不足なのか、すっきり治らないことが困る。
とはいえ、土曜も日曜も時間は止まってくれないので、身体を騙しながら乗り切るしかないのだろう。

まずは明日(既に今日)の準備をしなければ寝ることができないのが難点。
アイスまくら使って眠りますか…。

光化学スモッグ注意報も…

昨日の熱中症が抜け切らないのか、相変わらず3時間で目が覚めるからか、朝目覚めて意識がハッキリしてくると同時に頭痛が出てきた。正確には感じてきた…なのかもしれない。

ニュースによると、今日は、高温注意情報が出ている。
光化学スモッグ注意報が出るかも。
連日暑いので、慢性的に身体に溜まって熱中症になりやすい、と。
どちらにせよ、光化学スモッグ障害も熱中症も状態は似ているから難しい。

今日はこれから、次男の送迎の合間に長男フォローで職場へ。最後は仕事。
水分塩分補給して気をつけて出かけます!
しかし頭痛が悪化してきた…。

熱中症?

今日は1日中、熱中症のような症状に襲われた。

まず朝が起きれなかった。
それでも次男の施設送りがあるので、8時に無理やり起き、頭が痛くてボーッとする中、取り急ぎ11km運転。帰宅して12時までの予定が14時まで寝た。それでも頭痛が抜けず、今度は微妙に気持ち悪さも出てきた。どう考えても熱中症のような気がしてきたものの、仕事もあるので無理やり起き、水分補給と塩を舐めた。そしてどうにか夕飯を作り、アイスまくらを抱えて次男迎えの運転。運転しながら頭や膝を冷やしたが、次第に目眩が出てきた。施設に着いて車から降りてから、足元がふらついた。でも帰らないわけにはいかないので、どうにか家まで運転。気持ち悪いのはどうにか治ったので、鎮痛剤だけ飲み、仕事へ。

行って早々に、頭がボーッとしているは、レジで数字を読み間違えるは、レジで口が回っていない感覚があり。珍しく周りに状況話して、少しペースダウンで仕事して、1時間半過ぎたところで5〜10分、水分補給休憩とらせてもらった。事務所でクールダウンしたらやっと復活し、その後はほぼいつも通りに動けた。ただ、商品案内後にレジに戻るなど1人移動の時は基本小走りなのだが、今日はそれでふらつき感が出たり息切れ感があった。それでも後半は声のトーンを上げられる程度には落ち着き、どうにか最後まで勤務できた。

帰宅したら当然の如く頭痛が出て、現在に至る。
気持ち悪さはないものの食欲はないので、夕飯は本当に少しだけにして、塩を舐めて水分をとり。

今も疲労感ありつつ眠気はあまりなく、でも頭が痛いという、よくわからない状態。

元々水分摂取量が少ないので、この夏は気をつけているのだが、気持ち悪さまで来ることは早々ないので、今回ばかりは熱中症なのだろうか?部屋の温度は26度台にしているので、環境的には悪くないはずで、いったい何なのでしょう?

明日から3日間、フル回転なので、鎮痛剤でもアイスまくらでも、使えるものは使って乗り切りたい、ならぬ、乗り切るしかない状態なので、どうにかするぞ!明日は運転も電車移動もあるので、もう気合いだけかと。

…と書いていても頭痛が…

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