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何故人は悩むのか?

何故人は悩むのか?

困っているから?
今までにないことが起きたから?
対処法がわからないから?
選択肢があるから?

ただ元々は「時間があるから」なのではないか?
すぐに決断しなければならないならば悩む暇もない。

そう考えると悩めることは贅沢なのか?
考えるだけナンセンスなのか?

決断するリミットまで何も考えなければよいのか?
その時間を他の事に使えばよいのか?

徹底的に悩んでも何か得られるとは限らない。
それならば悩むだけ時間の無駄なのか。

最近全くわからないことの1つ。

ドライブと珊瑚礁と

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2018.05.29火曜

ほぼ眠れず朝を迎えた。

気分転換にと、夫が七里ヶ浜へ連れ出してくれた。
R134号沿いにある、珊瑚礁モアナマカイ店。
現在1日1食な私が、この量を外だと食べられるから不思議でならない。

海見て空見て、夫と色々話してちょっと落ち着いたかな?
連れ出してくれた夫に感謝!

画像は
①七里ガ浜から三浦半島方面
②珊瑚礁モアナマカイ店の店内
③私が注文した浜豚のカツカレー
④2人でシェアしたガーリックポテト(これがハマる!)

真反対な曲を聴く

「笑う!!!」と決めて、以前ココにも書きましたが、24時間ならぬ起きている時間全てを笑って笑顔で過ごすことはなかなか難しいです。

今は、『1人きりの時間にいかに自身をコントロールするか?』だと思っています。

そして今試している方法が、1つは読書、もう1つは音楽で「真反対な曲を聴く」ことです。

元々4月から意識して本を読むようにしているのですが、これは家にいるときか、公共交通機関で移動しているときしかできません。

今、怪獣2号の送迎で、毎日「片道20分×往復×2回(=約80分)」車を運転します。この時間は専ら音楽を聴いていて、iPhoneに入っている曲をBluetooth接続で車載オーディオから流しています。

基本的にはランダムに聴いていたのですが、この1週間、音楽で心の喜怒哀楽を調整していました。20分×4回運転するので、その単位で聴く曲を変えていました。施設に向かうまでの最初20分で短調の曲ばかり、自宅に戻る20分はその後笑って活動できるように軽快な曲ばかり。気持ちを前半ドーンと落として、その分も含めて後半で一気にアップさせるような感じでしょうか。

特に先週後半は、前半にモーツァルトレクイエム(のメインの曲)を、後半にアルヴァマー序曲を…。前半は、オーケストラ伴奏の合唱曲であり、静かな部分から重厚感まである、心の底に響くD-mollの曲。後半はブラスバンド演奏の華やかなB-durの曲で、ブラスバンドの曲の中でも私のお気に入りベスト3に入るものです。(今更ながら最後がffで終わるのは共通ですね。)

両方の曲をご存知な方なら、この2曲をエンドレスで車の中で聴くことが「???」だと思います。特にモツレクは…。でも、アルヴァマーを引き立たせるにはモツレクが必要という感じでしょうか。。。しかも、合唱曲は大学時代、吹奏楽曲は高校時代を彷彿とさせ、その時の自分や仲間からも力を得られるような感覚になるのです。

多分、真反対な曲ならば他の組み合わせでも成り立つと思うのですが、今は、この組み合わせが一番しっくりきています。

元に戻っただけなのに…車の運転

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左)3年弱運転したステップワゴン
右)新たに運転するフリード

昨日、我家の車が替わりました。
ステップワゴンからフリード(ハイブリッド)に。

…といっても、ステップワゴンの前、8年ぐらいフリードに乗っていたので、元に戻った「だけ」とも言えます。正確には、同じフリードでも最初はガソリン車→その後ハイブリッドと、2台乗っています。

我家の場合、車検の前に、毎回「車をどうするか?」となります。
今回は、4月から怪獣2号の送迎で「私が毎日運転せざるを得なくなったこと」が一番の理由かもしれません。(家族全員で乗る機会や、遠出の激減もあります。)当然ながらステップワゴンも運転しましたが、どうしても「長い」「大きい」感が強く、港北区内ドライバーとしては、色々苦戦していましたので、できれば一回り小さくしたいというのがありまして…。あとは、フリードは8年近く運転していたので、結果的に運転に自信があるのかもしれません。

昨晩ちょっと練習し、今朝から送迎での運転が始まりました。

私にとっては、運転席の高さが低くなったこと、それによって視界が小さくなったことが「想定外な」変化でした。ステップワゴンは、今思えば当然ながら、運転席の位置が高かったのですよね。慣れは怖いです。ハイブリッドのスタートストップ感覚などは、想定内でもあり、運転しているうちに「そういえばこんなだったな」と。

前後が短くなったことは、狭いところを曲がる時に実感します。いや、早速実感しました。曲がりきれた!みたいな(笑)。

昨日初めて知り、今日も苦戦したことが「シフトレバー」。今まで上下に動かすだけで済んでいて、前のフリードでもそうだったはずなのですが…。今回からドライブは右→下、バックは右→上となりました。このマニュアル車のようなチェンジに加え、バックモニターの距離表示が今までより若干遅いため、バックで駐車場に停める時が…。一発で入れられれば当然問題ないのですが、ドライブとバックの繰り返しになると、その都度ギアを意識しないと動かないのです。

まあ、これも慣れるしかないのですけどね。
毎日、送りと迎えで2往復、4回の駐車場入れがあるので、そのうち嫌でも慣れるでしょう。多分…。慣れないと困るのですけどね(笑)。

小学校最後の運動会

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2018.05.26土曜

小6の怪獣3号にとって小学校最後の運動会が行われました。
親にとっても、怪獣1号から12年参加した小学校の運動会が遂にラスト。

6年生の演目は、「徒競走」「騎馬戦(5.6年合同)」「ソーラン節」です。

本人としては、この他に、係活動として、地域の方々参加の「鈴割り」に参加。
壇上でマイク持って司会進行をしていました。
まあ、司会進行や代表で話すのが得意な子なので、心配は全くしていませんでした(笑)。

徒競走では6年目にして初めて「2位」。
元々運動苦手くんで、いつもビリ2かビリでも飄々としていたのですが、今回は流石に嬉しかったようです。(周りが遅かっただけかもしれませんが???)

昨年に続く騎馬戦も、今回やっと騎馬を残すことができて、ホッとしたのではないかな?

ソーラン節は、この小学校6年生が毎年披露する伝統演目。
家でも毎日練習し、足裏の皮が剥けて痛そうでしたが、本番を終えて、本人「やり切った感満載!」。
怪獣1号が小1の時に初めて見たソーラン節。その当時の6年生は2クラス約70名。怪獣1号が6年生の時は3クラス約120名。今の6年生は4クラス約150名。年々人数の増えるソーラン節を見続けて12回目。
今や私より大きくなり、中腰ポーズや手を伸ばすところをビシッと決めてくれる怪獣3号には、「成長」と「逞しさ」をシミジミ感じる時間でした。卒業式並みに想うところ満載な時間でした。

今年の運動会も、お弁当材料調達から作成まで夫任せでした。
(何故毎年運動会前日の私は仕事続きなのだろう?)
親子で食べるお弁当も最後。

運動が苦手で、運動会は楽しむもの!という感じで参加している怪獣3号ですが、今年に限れば、練習の成果を発揮する、なり、今の充実した日々を表してくれるような、最後にふさわしい活躍をしてくれたのかな、と感じています。

当日まで、ケガすることなく、体調を崩すことなく、無事、最後の運動会を迎えることができ、本当にホッとすると共に、最後に最高のソーラン節を見せてくれた事に感謝です。

要介護と障がいと

2018.05.23水曜

弟のカンファレンス後、実家に寄り、父の対応を少々。おおまかに以下の3つ。

①既に済んだ福祉手続きや入手している書類の確認
②介護保険制度で利用できるサービスと利用方法(介護認定は済んでいるため)
③障がい認定に関する全般的な内容

父は単に加齢による歩行力低下だと思っていましたが、「ALS」(筋萎縮性側索硬化症)の診断、その後介護認定で「要介護2」と出ました。父の場合、外は勿論、家の中でもどこかを掴んでやっと歩き、外では両手に杖、歩くのは半歩ずつです。しかも握力が低下している手で握っているので、杖だけでは不安定感が否めません。手も使い続けると震えるそうで、箸使いもその日の体調によって左右するようです。(今のところ箸は持てますが摘みにくさは出ています。)
しかも、会う度に握力や脚の筋力、バランス感覚が低下しているように見え(るだけかもしれませんがこの2週間だけでも様々な発見があったことは事実です)、今はただ、症状の進行スピードが緩まることだけが願いです。

その状況のため、ます必要な手続き、難病指定・特定疾病・介護認定といったものについて確認。
それとは別に、本人にとって「いま」必要なこと、使いたいサービス、使えるサービス、それを利用するための申請方法など話をしてきました。必要なこととは、ひと・もの・時間・お金その他全般です。
その際に、本人家族でできること、制度の利用有無および可否、になってきます。父の場合は、介護認定に併せて障がい認定が必要かどうか、も検討事項の1つとなりますし、その場合別途手続きが必要になります。
介護認定と障がい認定、それぞれで似たようなサービスもあれば異なるサービスもあります。
私は、障がいのことは少なからずわかりますが、介護のことはまだ勉強段階です。行政によって異なることもあるので、最終的には父の住んでいる行政がどうなっているか、によります。

どちらにせよ、福祉の世界は全て申請主義。その申請をどこで相談しどこで行うのか…。

父も弟と同様、状況が刻々と変化するので、その時々にあった対応をしていくしかないのかなと思っていています。

弟のカンファレンス

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2018.05.23水曜

術後2週間で退院…の見込みだった弟ですが、退院のメドが立たず、急遽設定されたカンファレンスに私も参加しました。

実家最寄駅で両親と合流、弟の入院先へ移動、病棟着10時25分、カンファレンスは10時35分~11時15分ごろでした。内容は大きく分けて3つ。

①術後の経過
②病理検査の結果
③今後のリハビリ/治療/入退院スケジュール

傷口は、傍目に見てもわかるほど落ち着き、感染症の心配もなく順調に回復しているということで安心しました。今の問題は(手術の後遺症である)嚥下障害。これは、基本的に言語リハビリで改善するしかないということです。

嚥下障害対応にあと数週間、6月半ばに一時退院、6月下旬から再入院2ヶ月…。

ある程度の方針は見えたので、弟自身が大変なのは勿論なのですが、周りとしても「長期戦に備えて」対応していかなければ、というところです。

今回の手術は首左側2か所、両方とも悪性、舌癌の後発性頸部リンパ節転移。腫瘍は残りなく取れたという所見が出ている点は安心ですが、ギリギリであったことや後発性転移という状況が今後の治療方針になると…。

私が無理なく、私自身の活動や仕事・夫や怪獣どもへの影響が少なく、実家フォローをするにはどうするか?大きな課題との戦いになりそうです。

この日は、その後市内の実家に寄り、両親と雑談諸々の後、今度は父自身の手続き等の説明を一通りしました。帰宅途中あまりに眠すぎてコーヒー休憩し、帰宅の途に。

ふとした時に諸々考えることはあります。でも、先に書いたように
「笑う!!!」
と決めました!笑う門には福来る…を信じて…。

笑う!!!

いま、様々なことが平行して起きています。
4月からの新生活、それが落ち着いてきたかどうかの5月はじめから、私がフォローすることがドッと増えてしまいました。

我家の3匹の怪獣それぞれのこと、実家の父と弟のこと、小学校PTA委員会のこと、私自身の仕事、そして私自身の食事と睡眠管理。
私自身の体調管理は、日々方法を変えながら効果のある方法を模索しています。

まとめて書いてしまえばこんなものですが、私としては把握しきれない質と量です。
色々な意味で通り越してしまいました。

もう、ここまできたら、笑って進もう!と思います。
下を向いていても、泣いていても何も解決しません。

笑っていれば福が来るかな…と期待して(^^)

青空からいただいたもの

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5/20日曜ですが、やっと「青空」を見上げること、撮影することができました。
2週間ぶりです。
全く同じではないですが、同様の画像はInstagramにもアップしました。

5月に入ってから、青空を見れず、食事をきちんと摂れない私を、旦那が赤レンガ倉庫に連れ出してくれました。赤レンガ倉庫内のお店でパンケーキを食べ、倉庫前広場で行われていた車のイベントを見て回り、海を眺め、みなとみらい地区を眺め…。

久々に見上げた青空はとても綺麗で活き活きしていました。輝いていました。

とてつもないエネルギーを貰えた気がしました。

まだ先が見えません。
でも、この一瞬だけは全ての時間が停止したかの如く。。

空を見上げることができますように

私のInstagramは気まぐれ投稿ですが、主に、
・空や太陽や夜景(特に好きなのが光の輪)
・花や緑や風景
・たまに食べ物
をアップしています。

弟の手術が決まってから、明るい空が撮影できません。
空を見上げることはできても、撮影ができないのです。

毎日1枚はアップしていたInstagramも、頻度はすっかり低下。
撮りたいものがないというより、撮る気分になれないなのかと。

緊急手術が決まってから3週間、緊急手術から2週間が経とうとしています。
私自身の体調、心理状況とも、「いい加減に復活!」と「無気力」が戦っています。

昨晩、ふと思い立ち、夜景を撮影してアップしました。
そうしたら、24時間で最速並みの「いいね!」と、コメントを複数いただきました。

私のInstagramフォロワーは、リアル友達はわずかで、直接面識はない、ハッシュタグから繋がり広がった「空が好きな人」ばかりです。そんな、共通な撮影仲間、会ったことはなく地域も年齢も様々な方々が、私のつぶやきにコメントを書いてくださいます。DMをくださる方もいます。本当にありがたいです。

空は、どこにいても見ることができ、逃げずに居てくれます。
それが一番の魅力です。
太陽の光の輪が綺麗に撮れた時、身震いするほど感動します。
エネルギーを貰えるような、エネルギーをチャージできるような。
そして前に向かって一歩踏み出す勇気が湧きます。
撮影はiPhoneなので限界はありますが…。

Instagramならば全国各地のフォロワーさん(本当に全都道府県いるかはわかりませんが北海道から宮古島までいることは確か)のアップする画像で、日本中の、時に海外の空も見ることができます。

そんな、私の心に常にパワーを与えてくれる空。

でも、今はまだ、明るい空を見上げることができません。
それでも、やっと、「1日でも早く見上げられますように…」と思えるまでに来ました。
もう少し時間がかかるかもしれません。
でも、見上げることができたとき、撮影できたとき、そしてInstagramにアップできたとき、その有り難みに改めて気づき感謝できるのかな、と思っています。

もう少し頑張れ!私!

「信じる」ことの難しさ

私は、基本的に「人を信用すること」に慎重だと思っている。

ただ、「この人なら深く付き合える」と思うと基本的に間違えはない。
よくわからないが、結果として「勘」なり「インスピレーション」が正しかったことが多い。
不思議なものである。
これこそ「一期一会」なのかもしれない。
最初こそ「その人と関わるきっかけ」があり、それなりな関わりがあったのだろう。
その後の連絡頻度は様々だが、信用しているからこそ、SNSだけでも、直接会えなくても、時間が空いても、会ったり話したりする回数が少なくても、続いているのだと思う。

ただ、最近、わからないこと、ふと考えることがある。

昨年、久々に、信用できる人に新たに出会えた。
相手が引っ越したので、物理的に会わなくなった。
当然、直接会うことも話すことも減った。
SNSのやり取りも徐々に減っている。いや、最近はパッタリ止まっている。

相手も自分も、4月から取り巻く環境がガラッと変わった。
連絡がないのは、単に忙しいからだけなのかもしれない。
本当のことは今は全くわからないけれど。

お互い信用していると思っていた。
そう思っていたのは私だけだったのかな。
そう思う反面、そう思う自分自身に悩む自分がいる。

相手と話したいだけなのか。
現状がわからなくて不安なのか。
そもそも信用していたら、ちょっとぐらい音沙汰なくても気にならないのではないか。
それなら、今の私は、相手を信用していないのだろうか。
実は信用しきれていなかったのだろうか。
あれだけ信用していたのに何故こんなに不安なのだろう。
自分で自分がわからなくなっている。

相手はどう思っているのだろう。
信用しているから音沙汰なくても大丈夫なのか。
そもそも私のこと本当に信用してくれていたのかな。
今も信用してくれているのかな。

1ヶ月前にその方と会って話した時、実は、相手より私の方が平常心でなかったことに気づかされた。
認めたくなかったが、装っていただけで、私の方が余程余裕がなかった。
目の前のことで精一杯だった自分に「気づかないフリ」をしていただけだったことに。
1ヶ月ぶりなのに、いつも話していた頃に一気に戻された。
些細なことから全てを見透かされてしまうような感覚だった。
自分自身を客観的に見ることができたのもその日だった。

「信じる」こと、奥が深いな、と。

※改めて読み直し、最初の記載から3時間経ち、加筆訂正しました。

スタバへ脱走

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仕事は休み、やることは山積み、役所には無茶を言われ、家にいても全く落ち着かず、挙句には急ぎの仕事が片付かない…。

どうしようもないので、夜、駅近のスタバに駆け込みました。

PTA委員会から外部に出す文書の校正と、読書をしていました。パソコンを持ち込まなかったので、iPhoneのWordで読みながらノートに気になるところを書き出してからメールで指示出しをしていました。隣の席の2人組の話し声が頭に響く(声が大きいというより声が高い!)のが難点でしたが、どうにかやるべき事は終わらせました。ふぅ。

このスタバは、私にとって「駆け込み寺」状態。
ここに来ると、昨夏の不調だった頃を思い出し、初心に帰れるもので…。

委員の仕事も適材適所で

私事ですが、今年度は、怪獣3号の小学校でPTA委員をやっています。

本部でも委員長でもなく「いち」委員です。ただ、今まで怪獣2号の学校でPTA本部役員なり委員長なりチーフなり経験しているので、どうしても、事情のわかってしまうことや、気づいたら取りまとめてしまうことがあります。

私は最初から「委員は怪獣3号の卒業学年でやる」と決めており、希望通り、世間でいうところの「学級委員」なり「クラス委員」なりに相当する委員をやっています。(卒業学年な理由は単純で、怪獣1号からお世話になっている小学校の最後にクラス委員をやって13年お世話になった小学校生活を私も締め括る!という意味です。)

今日の委員会で、学年ごとの活動、チームごとの活動等、決める事が多々あり、その中で、まあ色々ありまして、私が学年リーダーとチームリーダーと兼務することにしました。ただ、小6の委員さん4名は、皆、適材適所というか、フットワークが軽いというか、各自が「これはできないけれどこれならやる!」という感じが強く、それが見事に補完し合っていて、意見もどんどん出て、仕事が凄くやりやすいです。

実際、今日の委員会中に決めたことが後半で大変更したり、いざ学校側に確認をしたら会場が借りれないなど、当初計画を変えざるを得ないことが多発しました。そのため、委員会から帰宅してから怪獣2号の迎えまでの間に、小6学年用と、チーム用の議事メモを一気に書き上げ、委員長と担当メンバーにメール送信しました。形式があるものではないのであくまで自己流ですが、今までの委員会経験で報告書的なものはちょくちょく書いてきたので、それなりにまとまった文書になっているとは思います。(正式文書ではないのであくまでわかりやすさ重視です。)

学年リーダーやチームリーダーをやることで、肝心なところは私が動くことも出てくるでしょうし、自分の名前で発信することも出てくるかと思いますが、慣れは怖く、私としては今更という感じです。リーダーは、取りまとめて全体を把握して抜けがないか気づいて皆の分担が回っているかをわかっていればいいと思っています。

怪獣2号の送迎のために物理的に委員会参加自体も遅刻せざるを得ない現実の中、私なりに私の適材適所で仕事ができればいいのかな、と思っています。それがリーダーなのかは正直不明ですが、少なくとも、全体を系統的に見たりまとめたりすることは、今までのPTA本部や委員長で経験済みなことと、部分的には他のメンバーのフットワークが軽いので、腰を据えて全体を見ることの方が私にとっては適材適所だと思って引き受け、久々にWord文書を2時間で2枚まとめて「ふぅ~」としているところです。

調理実習の練習

先日、我家の怪獣3号に頼まれて、「調理実習の予習」をしました。

今回の調理内容は、小学校で家庭科の授業を受けた方なら聞き覚えがあるに違いない「三色炒め」です。要は、人参とピーマンとキャベツの野菜炒めです。

何に気合いが入っているのかわかりませんが、今回、本人が「練習したい」というので、私が仕事休みの日に合わせて予習しました。私は当然、見守りとコツを教えただけです。

材料は自宅で計って持っていくのですが、本人に教科書見て実際に計らせながら「どのぐらいか」を体感させ、後は、各具材を教科書の指示通りに切っていきました。

包丁の使い方は慣れてきたようで、最近はかなり落ち着いて見ていられるようになりました。
ピーマンの種の取り方を教えたのと(何故か不思議な取り方をしていた)、人参を切る時に丸い部分で滑らないように切るコツと、キャベツの芯の取り方を教えたぐらいです。

実際に炒める時も、特に気になる点はなく…。

私を基準にしたら、時間はどうしてもたくさんかかってしまいますが、本人なりに「なるほど~」という感じで取り組んでいたので、こちらも随分安心かつ頼もしく見ていました。

練習で作ったものは、当然の如くその日の夕飯のおかずの1つとなりましたが、1人分なので、皆でつまんで終わり…という感じでした。

そして、今日が調理実習本番でしたが、無事、作ることができたようです。むしろ、他の人より早く作業ができたり、わからない子に教えてあげたりしたと報告がありました。練習して自信がついていたなら幸いです。

5年生で「家庭科」という授業を始めてから、家のお手伝い含め、色々な家事に興味を持ってくれる怪獣3号。調理も掃除も実際に体験して「お母さんがサクッとやっているように見えることを自分がやると実はすごく時間がかかるし大変!」など、彼なりに感じることがあるようです。

私としては、内容よりも、「体験してみる」「実際にお手伝いをする」といった気持ちの方がありがたいですし、継続してほしいな、と思っています。実際に食器洗いなどやってくれるようになり、仕事をしている身としては些細なお手伝いでもありがたく頼もしく感じるこの頃です。

杖も種類がありすぎて…

父の足の状態か思わしくありません。

以前書いた通り「要介護2」と出たそうですが、ここ1〜2ヶ月で症状が一気に進んでいるのが気がかりです。幸い、頭はいたって元気で、足と手の筋力の激減です。

そんな父に適した杖を、と思ったのですが、こればかりは、本人がいないと選べないですね。
先日、大学病院内の介護用品を扱っているショップに行ってみました。試しに買うにしても、金額はさておき、同じようで細かく見ると違う杖たちがたくさんありました。足だけが弱いなら、見た目で選んでも良いかな?とふと思ったのですが、父の場合、握力も弱っているので、どのタイプなら握りやすいか?まで考えると全くわからないのです。

取り急ぎ、カタログだけ貰い、父に送りました。
杖はもちろん、雨の日対策らしく、杖の先に付ける「滑り止めのゴム」なるものもあるのですね。
今の杖にそれが付けられるかはわかりませんが、せめてそれがあるだけでも安定感が増すのかな?と思っています。一度、父を連れてショップに直接行ってみたら良いのかな?(はて?いつ行けるのだろう?)と悩むところです。

原因不明

原因不明な体調不良が続いています。

最初は、父や弟の事が重なったための精神的疲労か、弟の付き添い疲労か、それとも?と思っていました。ところが、昼間、怪獣2号の送迎以外は寝ているのに、全く回復しません。

「仕事に私情を持ち込まない事」は昨年鍛えられたので、どのような状況であれ、時に鎮痛剤を飲みつつ、夕飯を作って仕事は行きますし、仕事中はそれだけを考えてどうにか乗り切っています。

ただ、帰って来た途端、糸が切れ始め、今も「備忘録として書く!」という意地で起きているだけで、既にギリギリ、書き終わったら寝てしまうと思います。ここ数日は、着替えもせず、気づいたらソファで26時でした。

さて、今の私には、何が足りないのでしょう?
まあ、精神力が弱いとか、根性がないとか、食べないからいけないとか、、、
勝手に思われ、勝手に言われるのだろうな、と思っています。
言いたい方は、直接いくらでも言ってください。
意地と根性でも動かないものは動かないのだから。
昨夏のように、本当に体調不良でなければ良いのですけどね。それだけ。

弟のお見舞いへ

今日は、術後初めて、弟の見舞いに大学病院へ行ってきました。

直接会ったのは術後以来1週間ぶり。

思ったより元気そうで、よく話していて、一見、弟らしさが戻っていました。
傷口自体は大きいので見た目はまだまだですが、点滴の状況からすると、予定通り回復しているようです。ただ、手術箇所が首というのもあり、喉が浮腫んでいるそうで(後遺症の1つです)、話していても声が出しにくく、痰が絡まりやすいようです。話したいけれど喉が…という場面も何度とありました。
また、喉の影響もあり、経口食が摂れず、栄養と薬は鼻から摂っているとのこと。しかも、ゆっくり時間をかけて行わないと他への影響があるそうで、それが大変なようです。
水分もまだ摂れないそうで、むせてしまったりすると聞きました。

術後説明では、食事が摂れるようになったら退院、術後2週間ぐらいと聞いていましたが、もう少しかかるかな?という印象です。喉の浮腫みがどのぐらいで落ち着くのか次第のような感じです。
幸い、傷口の回復は順調そうなので、こちらの対応なり今後の治療は、病理検査待ちになりそうです。

まずは、弟本人の、回復している姿を直接見ることができ、少なからずホッとしました。

ヤマハの新年度スタート♪

今週から、ヤマハの新年度がスタートしました。

以前は、3歳児までが4月開講、4歳児幼児科からが5月開講と分かれていたのですが、今はどうなのでしょう?制度が改定されてからさっぱりわかっていません。。。

どちらにしても、我家の怪獣3号は、今週から新年度になりました。

遂に「専門コース専攻クラス②」です。(←旧制度最後の学年です。)
専攻②になったところで、変わった事は「レッスン時間」だけのようです。
個人レッスンは同じ曜日時間ですが、グループレッスンは曜日と1時間半には変わりないものの18時40分~20時10分に。おかげで学校行事があっても参加できるようになったのですが、終了時間が遅くなり土曜日でバスの本数も少ないため、昨日は父親が車で迎えに行きました。今後どうしましょう?という感じです。

私に言わせれば、「私もヤマハ帰りは20時台のバスで帰宅していたけれど…」なのですが、土曜日夜で本数が少ないのも事実なので、暫く様子見かな、という感じです。

今年度は、個人レッスン発表会が8月初め、エレクトーンフェスティバルが9月末、グループレッスン発表会が3月後半(これが小学校卒業式の翌日!)まではスケジュールが確定しています。他に今年度は「ピアノグレード6級」を受けることになります。なかなか忙しい1年になりそうですが、小学校最後の1年らしく精一杯取り組んでほしいな、と思っています。

今年もグループレッスンは、中1女子+小6女子+怪獣3号の3名。
お姉さんと双子?のような構図なのですが、まあ、音楽が好きで楽しくて…なメンバーなので、また1年楽しんで…でもグレードあるからちゃんと勉強もしてね、という感じです。
小6女子とは3歳からクラスが一緒なので遂に9年め。
ここまでくると、家族ぐるみでお世話になり、幼馴染みたいな感じです。

私のレッスンの方は、何年めという括りがないので、新年度という感覚もありません。
しいて言えばレッスン室が変わったぐらいです。
今度からエレクトーンに加え、グランドピアノのあるちょっと大きめなレッスン室になりました。
これで「エレクトーンもグランドピアノも弾ける!」と勝手に喜んでいる私です。

エレクトーンレッスンに通い始めて7月で2年、エレクトーンを購入して1年になります。
自宅に楽器があって弾きたい時に弾けるようになったから、練習不足なりに、この1年で、グレード7級レベルの曲は「多少の練習で弾ける」ようになりました。ベースの感覚や、私なりの練習の仕方もつかめてきました。(元々ピアノ経験者=両手だけはある程度弾けるなので、エレクトーン経験者とは曲のマスター方法や感覚は違うようです。)今年度は「グレード6級レベルの曲にチャレンジすること」「レジストレーションとの合わせ方」が目標です。

頭の回らない1週間

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長かったこの1週間がやっと終わろうとしています。

弟の大学病院手術付き添いに始まり、実家泊まり、仕事が何故か週4(付き添いで1日休んだので本当は週5でした…)、エレクトーンレッスン、父・弟・妹と電話やメールやLINEでの対応などなどで、土曜日まで終わりました。

自分自身、やるべきことが考えられず、目の前の事しかできず、疲れているのに熟睡できず、そもそもどこが疲れているのかも考えられないような疲れが溢れていました。
毎日「今日中にやることは…」と考えないと、何かが抜け落ちそうな感覚でした。
疲れて布団に入っても、寝ているつもりでも、疲れが取れない状態でした。

この1週間色々ありすぎて、振り返っても「私は何をしていたのだろう?」という感覚です。

幸い、弟の方は、(術後は面会行けていませんが)大変なりに日々落ち着いているようです。

この1週間、月曜日に弟の病室から景色を撮影して以来、空も緑も撮影する気分になれず、寧ろどこか見ることを避けている自分がいました。画像は、昨日の仕事帰り、久々にカメラを向けたセンター北駅(横浜市都筑区)前の夜景です。

要支援・要介護認定

詳細は後日書きますが、父が介護保険申請で「要介護2」と出たそうです。

知的障がいと、身体障がいについてはそれなりに知っていますが、介護認定については実は知識ゼロです。取り急ぎググったところ、まあ、妥当な数字かな、という印象です。
(要介護1では軽いし、要介護3まではいかないのかな?要介護2.5ぐらいな感じはしましたが、そのやりとりの場に私はいませんでしたから何も言えず…。)

介護認定については、知識ゼロできましたが、どうやら、今後、こちらの知識も必要になりそうです。

自分の家族と、実家分と、両方把握しなければならない現実に頭が痛いです…。

手術&付き添い終了

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1日半経ってしまいましたが、5/7、弟の緊急手術が行われ、付き添いで大学病院へ行ってきました。

既に書いていた通り、今回は父の付き添いが厳しく、母と、姉である私が付き添いました。

指示通り13時半に病室に行きましたが、手術開始15時予定が17時に、手術時間4時間予定が5時間半、術後説明20分、全て終え弟本人が病室に戻ってきたのが23時。

ある意味予想通りでした。院内に9時間半缶詰で、夕飯も院内のコンビニ調達でした。
途中、本を読むにも頭に入らず、どことなくボケーっとしていた時間が多かった気がします。
時間は短くないですが、私の場合夫の手術で1人で4時間待ちなど経験しているので、母が居ての5時間半の方が気分的には楽でした。

終了が遅くなりすぎたことと、付き添えなかった父への説明も兼ねて、私は急遽、市内の実家に泊まることにしました。実家に着いて、父に一通り説明したら24時過ぎていました。

執刀医曰く「大変な手術」になりましたが、ギリギリ無事終わりました。悪いところは全て取り切ったとのことです。とはいえ、前回より手術範囲が明らかに大きいため術後経過観察が重要になりそうです。

急な事で、心の整理が追いつかぬまま当日を迎えましたが、今日何日かぶりに爆睡し、心身ともやっと落ち着いてきたような気がします。

余談ですが、執刀医は、私を、弟の奥さんと間違えていました笑。
術後説明で母より私の方が質問をしていたのは確かですが、母より私の目を見て話すので、はて?と思っていたら…。

夜中にエレクトーンの練習♪

病院内予習が終わったらホッとしたのか、ちょっと気が楽になり、久々に楽器を弾く気になりました。

楽器が弾けない時=相当参っている時なので、私の精神状態が少しは落ち着いたのかな、と解釈しています。24時過ぎていたのでどうしようかと思ったのですが、どうせ眠れないなら好きな事やってから寝よう!ということで、約1週間ぶりにやっとエレクトーンを弾きました♪

軽く弾くつもりだったのですが、いざ弾き始めたらすっかりハマってしまい、結果的に2時間半近く弾いていました。気づいたら26時半過ぎていました。今までもそうなのですが、この「夜中にハマった時」の集中力は自分でも怖いです。しかも、この時間で弾いたのは2曲。これも毎回同じです。1曲は軽めに、1曲はひたすら部分練習の繰り返しをするのがいつものパターンです。パッセージごとに速さや組み合わせ(右手・左手・ベース)を変えながら納得するまで繰り返し弾いています。そしてこの時に、曲の構造やハーモニーやコード進行を理解しています。繰り返し弾いていることと理解することで、ある程度の暗譜もできますし、音が手と足に馴染んでくれば当然弾きやすくなります。私にとって、音の流れと組み合わせを楽しむ貴重な時間です。

ヘッドホンを使うので夜中に弾くこと自体は問題ないですし、この練習で一気に弾けるようになるので、効率はいいのかもしれません。今までは、仕事から帰宅後にストレス発散の如く夜中に弾いていましたが、4月以降にこの時間に弾いたのは久々か初めてかと。

この練習方法が昼間にできれば一番良いことは頭ではわかっています。しかし、昼間にまとまった時間を確保することは難しいですし、昼間に時間があったとしても演奏だけに集中できないのが難点です。

今日の夜中の練習で、前回練習不足だったソロ曲が形になったような気がします。今まで絶対的に弾けなかったところも、まだ雑ながら弾けるようになりました。よし!これで明日(既に今日)乗り切れる程度にチャージできたかな?

大学病院内の予習

大学病院の長時間付き添いに備えて、明日の動きを整理して、病院の院内配置図や施設案内などの必要データをプリントしました。

これで準備OKだろうか、いやこれ以上やることはないでしょう、と思いつつ。

前回は手術から数日後にお見舞いで行ったのですが、その大学病院に初めて入ったので、正直迷子になりかけました。まあお見舞いなら診療科と病棟と部屋番号がわかれば行かれますから…。でも今回はそうはいかないので下調べ。

夕飯は院内で摂ることになるのにレストランが17時半まで!?という悲しい現実を知ったり、コンビニが2つあってどちらも24時間営業でホッとしたり、スタバは20時までやっているのでフラッと寄れるかなと思ったり、その他必要な階をチェックして予習終了。

後の心配は、天気と手術時間かな。こればかりはその時になってみないとわからないですからね。

私にできることは…家族フォロー

私の弟が、明日、緊急手術になりました。
昨年10月に手術をし、その後経過観察をしていたものの、急に悪化したようです。

年齢的には十分大人ですが、独身実家住まいなので、両親が付き添う予定でした。
しかし、父の足の衰えが進んでおり、前回付き添った妹からの報告もあり、今回は私も付き添うことにしました。(今回、諸々の調整がつき可能になりました。私の職場および怪獣2号施設関係者に感謝です。)その後諸々あり、母と私が付き添うことになりました。

実家近くの大学病院で、実家も病院も我家からは1時間半~2時間です。
決して遠い距離ではないのですが、電車バスの乗り継ぎが多くなるために時間がかかるという感じです。

手術自体は4時間、弟の見込みでは6時間。当初は朝1番の8時からということで、私は怪獣どもの対応をしてから手術終了の昼までに病院到着という予定でいました。ところが今日夜になり、手術開始が15時になり、親族は13時半~14時に病室に来るよう指示が出たそうです。

朝、慌てて出る必要はなくなったものの、開始予定が15時、時間通りでも19時、開始が遅れたり手術時間が延びれば当然終了も延び21時や22時になる可能性も…。院内で夕飯含め4~6時間の待機、その後術後説明や術後対応にどのぐらいかかるのか。そもそもそんな時間まで母が保つのか。いや保ってもらわないと困るのですが、どうやら私主導で動かざるを得ないのではないか、という感じになってきました。

手術対応自体は、夫の透析(腹膜)関係だけで過去4回経験しています。夫の時も、手術開始遅れ、手術時間が想定の2倍以上、術後説明、術後1時間は本人の容態が安定しないため、毎回遅くまで残り、午前様のような時間に帰宅した経験もあります。だから今回も、開始時間が15時と聞いた時点で「終電までに乗れれば充分」と腹を括りました。

留守番という選択肢を選んだ父、状況が呑み込めているのか不安な母、一見普通なもののマイナスループから抜けられなくなる弟、前回1度だけ行った大学病院で長時間待機と(術前説明を受けていないのに)術後説明を受けることになる私。そもそも私自身この話を聞いてから丸4日。本人も家族もどこか消化しきれていない状況の中で、私の役割がどこにあり何が必要なのか…。

そんなことを考えつつ、明日1日、気力と体力と時間との闘いになりそうです。

筋肉痛…

嬉しいのか悲しいのか、?年ぶりの腹筋背筋腕立てから22時間経ち、筋肉痛が…。

仕事中は何ともなかったのですが、夕飯後から突然痛みが出てきました。
それとも、偶然、夕飯が終わりホッとしたらのタイミングに出てきただけなのか。

まあ、当然というか、仕方ないというか。

約1日後に筋肉痛になったことが一瞬ショックでしたが、筋肉痛が出るまでの時間と加齢は関係ないらしいです。あくまで検索結果からですが、そう書かれているのでそれを勝手に信じようかと。

筋肉痛→筋肉が炎症を起こしているから休ませた方が良いらしいのですが、なんとなく悔しくて、昨晩もチャレンジ。でも、腹筋は10回が限界でした。痛さには勝てず。背筋と腕立て伏せは同じく30回できました。腹筋が一番弱かったということなのかなぁ、と思いつつ。

今朝は腹筋と背中が痛いです。他は落ち着いています。

現状打破…?年ぶりの腹筋背筋

4月に入ってから、心と身体のために、生活パターンを工夫してきました。

自転車に乗り始めたり、たくさん歩いたり、読書をしたり、24時までには寝るようにしたり、1日2食は摂るための食事時間など。4月は比較的順調に終わったかな、と思っていました。

それでも、プラスαなことが起きると、どこか引きずる自分がいます。
イレギュラーな事が起きたら消化しきれない自分がいます。

1か月ぶりに大切な人と再会してから1週間して改めて気づいたこと、武蔵小杉で感じたこと、父の診断、弟の手術など。4月末から起きている諸々の事をどこか受け入れきれずぼんやりする日々が続いています。ここ数日、久々にきちんと眠れずにいます。

自分の脳裏で「職場で私情を出すのはプロではない!」という昨年言われ続けた警告音すら鳴っています。

久々に重症です。ピアノもエレクトーンも弾けません。

でも現状打破!と思い、ふと思い立って、昨晩、「腹筋・背筋・腕立て伏せ」をやってみました。身体を疲れさえたら眠れるかな、という感じで。何年ぶりというぐらい久々に。
本当に久々すぎて、悲しいぐらいできません!
どれも30回が限界でした。
あー我ながら情けない!
ここまで落ちていたとは…。

でも毎日腹筋なんて課題を入れたら、運動嫌いな私はきっと続かないので、どうしましょう…。でも食べるようになって少しながら体重が増えている気がするので(それでも私の本来の摂取量には足りていないと思います)、ちょっと考えたいところです。

4月の読書記録

この4月から、「1週間に1冊本を読む!」を目標にしました。
ジャンルも大きさも内容も関係なく、1か月で4~5冊読めればいいかな、と。
私にとって、「苦手な活字と意図的に繋ぐこと」が最大のねらいかもしれません。

本を読む方からすれば「はぁ?」というレベルかもしれません。ただ、元々読書が好きではないところに、電車バス移動から車や自転車移動になり必然的に移動中に本を読むことができなくなってしまい、意図して時間を確保しないと読めないのが現実です。

細く長く続けるための目標というところもあります。

そして、4月の読書結果を備忘録的に。

①禅僧が教える心がラクになる生き方
  南直哉 アスコム 2017年7月 
②できる人の語彙力が身につく本
  語彙力向上委員会 三笠書房 2017年8月
③自分を休ませる練習
  矢作直樹 文響社 2017年10月
④今ここを真剣に生きていますか?
  長谷部葉子 講談社 2012年12月

4月は手元にあった本の読み直しでした。
年度末に断捨離をした際、本の整理もしたので、その時出てきた本もあります。

今までは読書といえば移動中でしたが、今は基本自宅なり出先の休憩中なので、気分転換なりストレス解消の1つになればいいな、と思っているところです。

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7か月ぶりの試練か

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今日は心身ともちょっと参っていて、1日本を読んだり、ボケーっとしていました。

1週間前、父に診断が出た矢先に、昨日朝になり、弟が緊急入院・手術と連絡がありました。消化しきれないうちに次の事が現れ、少なからず動揺しているのかもしれません。

弟は7か月前に入院・手術があり、その時は、私が思うように動けず、動けない苦しさを経験することになりました。

http://manbowakemasa.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-d908.html

今回は、実家内の諸々を考え、私の方で調整ができたので、私が動くことにしました。
動ける者が動く!それしかないですからね。
それに、前回と同様、動けないとしても、そちらが気になって仕事等に集中できないような気がします。

夫や怪獣どもや職場には、少なからず迷惑をかけますが、急にも関わらず調整にご協力いただいた、私の職場関係、怪獣2号の施設関係の皆様には感謝しかありません。

手術当日しか動けませんが、私なりにできることをしてきたいと思っています。

画像は、私の心を表すかの如くどんよりしていた横浜が、夕方になり陽が差したので、自宅2階から夕陽を撮影してみたものです。

私にとっての武蔵小杉

5/1ですが、前の仕事を辞めてから、1か月ぶりに武蔵小杉に行きました。

既にココには書きましたが、多摩川沿いを歩き武蔵小杉駅へ向かったので、必然的に、新丸子付近を通過し、武蔵小杉駅北口に出ることになります。

実際には、武蔵小杉駅北口→南武線改札→東横線改札→武蔵小杉駅南口を通って、南口側でお昼休憩でした。

武蔵小杉駅北口ロータリーを見た瞬間、昼間なのに、辺り一面が突然22時の風景に変わったかの如く、真っ暗になりました。2か月前の夜の風景に戻っていました。
そして、駅南口に出た瞬間、同じく、1か月前の夜の風景に戻っていました。

前職の頃、職場の方々と夕飯を食べて帰ることがありました。
職場が武蔵小杉駅すぐでしたので、必然的に駅周辺のお店に寄っていました。
駅周辺を目の当たりにした時、その事がフラッシュバックして、駅周辺が一気に夜に戻ったのかと。
そして寄ったのは、北口のお店の最後が2月末、南口のお店の最後が3月後半。
だからその時に戻ってしまったのかと思います。

仕事を辞めて1か月経つので、自分の中では、武蔵小杉に寄ることは「もう大丈夫」だと思っていました。ただ、仕事そのものもですが、仕事後の食事や飲みでの会話も含め、私にとっては喜怒哀楽含む想い入れがありすぎたのかもしれません。そして、仕事後の方がオフな場な分、公私含め感じる事が多かったのかもしれません。

武蔵小杉に行った1日は、帰宅してからもずっとモヤモヤしていました。あれから2日経ち、やっと少し落ち着いてきました。ただ、完全に消化できる日はまだまだ先なのかもしれない、と、考えないようにした、というのが正直なところです。それだけこの1年、私なりに仕事そのものや職場の人間関係中心な生活をしていたのかな、と改めて…。

武蔵小杉に行ったら少なからず想うところはあるかな、ぐらいには思っていましたが、ここまでになるとは想定外でした。
時間が解決してくれるのかな、フラッと1人で散策した方が心の整理ができるのかな、とぼんやり考えているところです。

多摩川沿いを散策してみた

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今日から5月。

横浜は夏の暑さでした。先日の鶴見川沿いに続き、今回は多摩川沿いを歩いてきました。

自宅→日吉駅まで徒歩→電車で二子玉川駅→二子玉川ライズで散策・買物(蔦屋家電に行きたかったのもある)→二子玉川から武蔵小杉まで歩く→武蔵小杉で昼食→電車で日吉駅→徒歩で自宅

多摩川沿いは、大学病院往復時に車で走るだけの場所なので、いざ歩くと不思議な感じでした。

私のiPhoneによると、1日の歩いた量が、12km18000歩!でした。

画像は、
①二子橋(多摩川を渡る橋)を東京都世田谷区から川崎市高津区へ渡る途中撮影の田園都市線
②川崎市側から撮影した二子玉川側(左側が田園都市線と二子玉川駅、正面が二子玉川ライズショッピングセンター)
③二子玉川側を撮影(高架は第三京浜)
④東横線側を撮影→多摩川はこの先で終了し武蔵小杉へ

3年前と同じ構図:木漏れ日

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左は3年前の4月30日、右は今年の4月29日に撮影した画像です。

今、木々の間から射す太陽の光の撮影にハマっています。

木々の間の太陽と、その太陽が作る光。
「木漏れ日」と「光の環」、空撮影と同じぐらいよく撮影しています。
カメラ(iPhone8plus)の位置や向きを少し変えるだけで、光の射し方がガラッと変わり、太陽の光り方も変わります。それが楽しくて面白くて魅了されて…という感じです。

そんな矢先、偶然、Facebookで3年前の画像に気づきました。
よく見たら構図が同じでした。
太陽の位置がようやく確認できる程度で、「木漏れ日」というには遠い気もしますが、この時「太陽と木々を一緒に撮ろうとした」ことは今でもはっきり覚えています。

今思えば3年前の自分に突っ込みどころ満載ですが、当時から同じ構図に惹かれるものがあったのかもしれませんね!

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