« 初セルフスタンドチャレンジ | トップページ | 個人面談期間突入 »

あれから10年が経ちました

忘れもしない、10年前の12/9木曜日、私は、日吉の某産婦人科医院から救急車で武蔵小杉の聖マリアンナ医科大東横病院(当時は産婦人科もあった)に救急搬送され、手術を受けました。現在小4の双子が在胎4ヶ月終わりの頃のことです。

急に出血があって、かかりつけの日吉の病院で12/7火曜日から数日安静入院を余儀なくされていたところ、9日になって、子宮頸管無力症という診断で、出口を縛らなければならないということとなり、(当時主治医が聖マリアンナの方がメインで仕事されていたのもあり)夕方の日吉での診断後、急遽搬送され、そのまま手術準備、手術…と、午前中までの平穏とは裏腹に、夕方以降は、とにかく時間との戦いかのごとく、怒涛のように時間がすぎていきました。

突然携帯で呼び出された旦那も大変だったと思いますが…。

術後、点滴の副作用で血圧が150まで上がってしまい(普段低くて100ぐらいなんです)、頭痛は酷いは、吐き気はするは、一晩中、うなされた記憶しかありません。だから、この日は一晩中、看護師さんが出入りしてくれて、様子見てもらっていましたね。夜中、時間は分かりませんが、婦長さんらしい方が来て『大丈夫だから私たちにまかせて』みたいなお話をされていったのを、ボーとした状況だったわりには、とても鮮明に覚えています。

後からわかったのですが、その手術に、急遽、(日吉から一緒に救急車に乗ってくれた)主治医に加え、当時の産婦人科部長や、産婦人科副部長も手術に同席?というか、その場にいてアドバイスしていたそうです。

麻酔でもうろうとしていたのと、そもそも、搬送だは手術だはで動揺しきっていたので、全てを鮮明に覚えていないのが残念ですが、でもその後の事はよく覚えているし、とにかく、半日が目まぐるしく過ぎて行ったことだけは確実に覚えています。旦那が面会時間終了で帰宅した時間の後の方が、頭痛や吐き気がひどかったので、1人でとにかく寂しいは辛いは…

人生初の手術。あれから10年経ちました。早いですね。

そのまま安静生活を強いられても超未熟児で生まれる結果となった怪獣1号2号も既に小4。

来週には怪獣3号が3才になります。

12月は思いふけることが多い月のようです。

« 初セルフスタンドチャレンジ | トップページ | 個人面談期間突入 »

家族(怪獣1号)」カテゴリの記事

家族(怪獣2号)」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

10年前、そういうことがあったんですか。
心身共に辛かったことと思います。そんな辛かった時の情景は、どんなに歳月が流れようと、細部に至るまでしっかりと心に刻まれ続けますよね。
子宮頚管無力症も安静にし続けねばならず、大変な状況だったと察します。
それを乗り越えたまんぼう先輩を尊敬します。
来週の3号くんのお誕生日も思い出に残る、素敵な日になることでしょうね。

ほんとにいつも、ご苦労様だよ。一緒に
つわりで入院したのがきっかけで、今も付き合いが続いているけれど、緊急搬送された事を旦那様が知らせに来てくれて、病院に駆けつけた事、また、その後、まだ7ヶ月で生まれ出てしまった事を、これまた旦那様が知らせに来てくれて、とってもびっくりして心配したこと。
連絡が取れなくて、その後が気になって気になって・・・。予定日が、うちの上の子と一緒だったはずなのにね。
あれから10年・・・、感慨深いね。
よくぞ無事で育ってくれたよ。あたしは、応援することしか出来ないけれど、母、これからもがんばっておくれ!!

tomocchiさま>
音信不通?の間にこんなことがあったのよ~。やはり10年経っても、この衝撃が癒えることはなかったです。でも元気な怪獣3号を励みに頑張っているからねぇ!

藤王さま>
あなたは双子の事については、1から10まで全部知っているから、今更、言うこともありませんが、ただ、双子の全てを知っている貴重な友人の1人として、これからも頼りにしています!ホントいつもいつもありがとう!

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 初セルフスタンドチャレンジ | トップページ | 個人面談期間突入 »

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30