3日間の実習=フル稼働終了

怪獣2号の再実習3日間が無事終わりましたconfident

実習の間は、公共交通機関を利用して通うようにしているので、

怪獣2号を連れて施設へ行く
→私だけ戻る(もしくは次の用事へ移動)
→施設に迎えに行く
→怪獣2号を連れて帰宅

となるため、私はただでさえ毎日最低「地下鉄2往復」乗ることになってしまいましたsubway

今回は送迎の間や後にも予定が埋まっていたため、地下鉄に3往復乗った日もあれば、途中下車で用事をこなした日もあれば、地下鉄は2往復+東横線の日などなど。最寄りの日吉駅には1日に6回「は」居ましたshock

実習自体は無事終わったのですが、とにかくスケジュールがギチギチで、私が疲れました。
実習自体が一番最後に決まってしまったので仕方なかったのが現実です。
当の本人は、特に変わった様子もなく、往復はすっかり慣れた様子でしたconfident

しかし、横浜市営地下鉄は運賃が高いです。1駅乗るのに210円かかります。
今回、3日連続、『1日乗車券』を購入して移動していました。これとバスの定期の活用で、交通費がどうにか抑えられたのですが、それでも市営地下鉄の1日乗車券は740円かかります。これを3枚買うって…PASMOがとんでもない勢いで減っていきましたsweat02

3日間の最後が仕事だったのですが、昨晩は、帰宅してからちょっとだけ食べた記憶と、必要な連絡をとっただけで、リビングの電気を点けたまま寝てしまったようですsleepy

3日間の再実習開始

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今日から3日間、体力と気力と時間と寝不足との戦いですpunch

進路決まらぬ怪獣2号の実習付添がメインですが、合間や後に、学校に仕事に研修に…と続きます。実習が最後に急遽決まったので分刻みスケジュールになってしまいましたshock

無事1日目が終了しました。
帰宅したら気が緩みうたた寝してしまいましたsleepy。まだ眠い…。

この3日間、自宅最寄りの日吉駅には1日6回降り立ち、3日間、横浜市営地下鉄の1日乗車券を購入して移動します。時間もかかるけれど交通費も積み上がる…sweat02

あと2日、気合いで乗り切りますsign01

画像は、朝出発前の自宅3階からの太陽、都筑ふれあいの丘駅(横浜市営地下鉄グリーンライン)前の空と景色、市営地下鉄の1日乗車券。

怪獣1号2号18歳になる!

我家の怪獣1号2号が誕生日を迎えましたbirthday

親か子か…と言われた超未熟児出産から18年flair

当時を思い出すと未だ恐怖が先行し、この18年を想うと毎日が必死だったと。それでも、走り続けているうちに無事18年が経ちました。毎年誕生日の度にこう想いながらこれからも歩んで行くのかな、と思いますconfident

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実はここまでの文章、昨年と同じです。17を18に変えただけで。
毎年想うことが同じなのですよね。ただ、想いは比べることができないから、軽減しているのかすらわからないけれど。

「母体を優先します」と宣告されたときのこと、出産のとき、当時を切り取ってきたかの如く、今でもはっきりと覚えています。

2/7昼に急変して、夕方に武蔵小杉から三鷹に緊急搬送され、21時に母体治療中止の決断が出て、2/8早朝に生まれました。だから毎年2/7-8は眠れなくなります。18年経つのに。

18年前のこの日の夜、三鷹は雪が降りました。病室の窓から都庁が見えたのですが、そんな景色を見ながら、『何故、今、私はここにいるのだろう?』と呆然としていましたね。

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今日は夫も私も仕事で帰宅が遅かったので何もせず。お祝いは週末かなsweat01

Facebookを見ていたら、2/8は毎年何かが起きているようです。
大雪が降ったり、発表会のリハーサルだったり、制服作りに行ったり、インフルエンザな子が居たり、実習中の子が居たり…shock

それからすると、今年の2/8は、極々普通の日でした。ただ、明日2/9は怪獣2号が卒業遠足、怪獣1号は高校の最終授業。そして三連休明け2/13は怪獣1号が卒業遠足。その翌日2/14から怪獣2号が進路希望先再実習。2人とも『学校生活』自体が残りカウントダウンとなり、毎日が慌ただしいような、寂しいような、よくわからない感覚です。

1日が1週間の如く

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この画像は昨日15日(月)昼間の東戸塚駅前の空。
晴れているけれど、薄い雲が一面覆っているような。
私の今の心そのものを表しているようなので載せてみました。

今日16日(火)は2018年になってまだ16日めのはずなのに、新年早々毎日イロイロありすぎて、既に16週めのような感覚です。

今月は「今の状況」を見込んで、仕事を週3回にしたものの、毎回大きなこと(と私は感じていること)が続き、毎回の勤務が良くも悪くも今までより重く感じます。おかげで、週3回のはずなのに、週4‐5回勤務している時と、心の負担感はあまり変わらないような気がします。

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1月に入り、想定通り、怪獣1号2号の進路の動きが再開しました。
私の性格的に、「最良と最悪の事態」を想定していたので、そういった意味では想定内なのですが、やはり、『2人分の現実』を突きつけられると、心が追いつきません。

まず、12日(金)放課後に、怪獣2号の進路(生活介護施設)の現実が突きつけられました。希望全滅でした。そして15日(月)放課後に学校で緊急面談になりました。12日(金)に聞いた時は現実を受け入れられなかったようで、翌13日(土)になりジワジワ来て泣き出す羽目に。14日(日)に平常心で仕事をするのはかなり厳しかったです。
(平常心に見えていたかは第三者が判断することなので実際はわかりません…。)

自分では平常心のつもりでしたが、実際には、15日(月)、その日のスケジュールを全く把握していなかったことに気づいたのが当日朝。私の通院予約は忘れているは、怪獣2号の通院(処方箋のみ)も忘れていて、結果的に放課後に入れた怪獣2号の面談すら30分遅刻。
面談は進路担当の先生と担任の先生と2時間近く行い、そのつもりはなかったのですが、話しながら気づいたら泣き出していました。いつ以来かわかりませんが、涙を止めようとすると余計に止まらなくなる現実。先生方の仕事を増やしてしまったと思ったり、現実を受け入れきれていない自分が嫌になったり…。

その反面、「この結果には必ず意味がある!」と言い聞かせている自分もいて。

そして翌16日(火)の今日。
朝から仕事でしたが、平常心で仕事することが本当に辛い日でした。

しかし、夕方になり、怪獣1号の学校から続けて連絡があり、怪獣1号の進路(手帳就労)が急遽決定しました!
学校側が先方と調整してくださり、これから動く予定の矢先に、先方から内定を出してもらえることが急遽決まりました。それが決定後、学校側からすぐに私に連絡が来ていたのです。
ただ、これも紆余曲折あり、この日の最初の電話では受け入れ不可という話でして、他の施設なりの検討を相談するための留守電が入っていたのです。その後、時間を経て様々な事が急遽覆ったようで内定という形になったというのが現実です。

私は仕事で携帯を持てないため、その着歴に気づいたのは本当に偶然でした。
断って職場から抜けて学校に連絡し、直接電話で先生から先の紆余曲折の経緯含め色々説明を受けました。そして昨日と同様、話しているうちにボロボロ泣いてしまいました。(その時、私の近くにいた方、驚かせてすみません。)泣くつもりはなかったのですが、怪獣2号の件があった矢先のことでしたので、安堵も何も大きすぎたのかもしれません。

今日中の仕事が一部残っていたので、電話の後、そのまま職場に戻りましたが、目の腫れが残っていたのでしょうね。戻って最初に顔を合わせたバイトくんの顔には「大丈夫?」と書かれていました。悪い知らせで泣いたわけではないから、とだけは伝えましたが…。まあ焦りますよね。泣き晴らした顔で現れれば…。

諸手続きはこれからといえども怪獣1号の進路はこれでいったん落ち着きました。
逆に、怪獣2号は、ほぼ1からやり直し。検討すること動くことが山積みです。
しかし、怪獣1号も2号も、それぞれの学校の進路担当や担任の先生方に本当に恵まれ、感謝しかありません。今回の怪獣1号の内定も、怪獣2号のその後の動きが私の動ける最速日時で調整してもらえたことも、全て先生方のおかげです。

正直に言えば、今の状況、仕事も進路も、私にとってはキャパオーバーです。
しかし、(今日は進路の事ばかり書きましたが)仕事も進路も、本当に重すぎるものの、今、私が自分の足で立っていられるのは、周囲に恵まれたおかげです。
毎日泣きながらも、一歩一歩進むしかありません。

いつか「あの時は大変だったけれどいい経験だったな!」と思える日が来ると信じて、進んでいこうと。今はただそれだけを考えて。

長くなりましたが、今の心境を書き残しておきたかったので…。

年内最終付添をしながら…

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今年の12月は、22日に怪獣1号の高校と怪獣2号の養護学校、25日に怪獣3号の小学校が年内最終登校日となりますschool
(今年に限ると、同じ横浜市立でも、土曜の学習発表会等の振替休日を25日に充てて、22日までとした学校もあったようです。)

今日(既に昨日ですね)も養護学校通う怪獣2号の付添で、学校往復してきましたbus

彼は小学部から養護学校で、小・中学部の9年間はスクールバス通学でしたので、自宅からバスポイントまでの往復(片道徒歩20分→引越後は徒歩8分:当時の彼の徒歩スピードでrun)だけでした。
高等部になってからはスクールバスに乗れなくなるため、学校まで路線バス往復、かつ彼は1人で通学できないため親が学校まで付添になりましたdash。それも早くも2年9か月経過しましたwobbly。1月から再開するものの卒業まで実質あと2か月。早いものです。
12年通う学校の残り2か月、かなり重い想いがありますconfident

高校入学時には怪しかった信号も判断でき、5路線が来るバス停でも間違えずに乗れ、降りるバス停でのボタン押しもでき、正直なところ、イレギュラーさえ起きなければ1人で通学できる状態です。ただ、人が気になって突然話かけたり、何か起きた時に1人で対応すること(状況を伝えることや指示通り動くこと)ができないため、往きは降車バス停まで、帰りは学校昇降口まで私が付添しています。

月2回、バスと地下鉄で通う療育も、正直なところ、イレギュラーさえなければ1人で行かれます。乗り換えも下車駅もそこからの道のりも全て理解しています。半年ぐらい前ですが、1人1台前の地下鉄に乗ったら発車してしてしまった事件?があったものの、無事1人で現地まで辿り着いていました。

そんな状況のため、今日のように声かけが一切必要なく学校も療育も往復できる日などは、ふと「毎日毎回付添が必要なのかなぁ…」と思ってしまう事もあります。とはいえ、通勤ラッシュのような時間帯となると、あの人混みのホームを1人で歩くことは流石に難しい(周囲を見て適切な動きをすることは厳しい)のが現実です。

今日も駅から自宅までの徒歩15分の道のりを、1人でせっせと歩いていました。
それでも、私が付き添っている時は、信号ごとに、私が来るのを待ってくれます。

毎日・毎回の付添は時に「大変」と感じてしまいます。

ただ、高等部になってから公共交通機関が使えるようになったこと(それまでは車内で暴れるは煩いはで移動手段は基本車でした)、信号が理解できるようになったこと、私より100mぐらい離れても落ち着いて歩くようになったこと、(後ろからの動きを察するのはまだ難しいけれど)前から来る方の様子を見て寄るなり止まるなりして歩くことができるようになったこと…などなど。

その1つ1つを思えば、付添は必要と言えども、この2年9か月で随分楽になっていることを実感します。

これから先も、怪獣2号の移動には常に付添が必要なのだと思われます。「常に」という現実は重いのですが、それでも状況次第で「真横での付添」から「見守り」で済むようになってきたことに成長を感じたいと思います。

今日も、落ち着いて普通に歩いているかと思えば、信号の度に停まり私が来るのを振り返りながら待っている怪獣2号の姿を見て、「見守りで済む時が来るとはねぇ…」と、小・中学部時代の彼からは想像のつかない姿を見ているような感覚になっていました。

重度知的障がい+重度自閉症の怪獣2号ですが、何歳になっても、彼なりに必要なものを吸収し続けている姿に、第6感?第7感?一体何がどうなっているのだろう?と不思議になることばかりです。

怪獣2号現場実習終わる

6/5月~9金の5日間、怪獣2号の現場実習がありました。

超テンションの高い事前面接に始まり、1週間どうなることかと思いましたが、良くも悪くも、怪獣2号の「現状」を発揮することができたようです。良い面ばかりで入ってから苦労しても、悪い面ばかりで評価落とすのも…と思っていましたので、その点では、全て出し尽くしたのかな、という印象でした。絶対評価的には、予想より良い評価でした。

後は、他校の実習生含め、どんな方が来るのか、実習生の評価が揃ったところで、受け入れ先の判断なので、神のみぞ知る状態ですね。

画像は、実習最終日の前日夕方(6/8木)に撮影のものから。
太陽と雲と空と新緑と。
この1週間、毎日朝夕、急坂登り下りで足が大変で、歩数計は連日15000歩超えでした。

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親が試される時

1つ前のブログにも書きましたが、今週の怪獣2号は、卒業後の進路を見据えた校外実習で、とある施設に通所しています。

2日経ったので少し落ち着いてきましたが、本人より、私が緊張してどうしようもありません。

本人は事前面接で行っただけで、その施設までの道のりを覚えたのか?というぐらい、(いつもと逆方向の)駅までの道のりも覚え、バスも覚え、バス停も覚え、バス停から施設までの道のりも覚え…私が唖然とするぐらい、颯爽と覚えて、飄々と通っています。送迎付添の私の方が息切れするぐらいなテンポの良さで。それでも、信号も、信号ない横断歩道も、私が遅れすぎた時も、必ず止まって待ってくれます。養護学校高等部になり路線バス通学になった2年前とは比べれれないぐらい、道のりを1回で覚えてせっせと通う姿に、付き添いは必要と言えども、驚きと喜びを感じます。

実際、施設での様子は、やはり初めてのところとあって、様々な事が起こっているようです。
何事もなかったかの如くすんなり動く事もあれば、どう対処しても動かない事もあったり、新しい環境に彼なりに様々な葛藤があるようです。言葉で表せないので本当のところはわかりませんが…。親である私は、毎日何が起きるか、何かやらかしはしないか、と、実習前からも始まった今も、毎日心配でたまりません。残り3日と言えども、明日から先生の付添がゼロになることもあり、余計に心配は尽きません。。。

今回の実習前から今も思うところですが、今回の実習は、本人もですが、親も試されていると感じています。私の信念や今年度のテーマ、

「今起きていることには意味がある」
「忙しいを楽しむ」
「信じる」

これらを私自身が試される1週間になりそうです。

具体的に書くとこんな感じでしょうか…
・入所枠が大変少ないこの施設が1回目の実習先になったことには意味がある…
・毎日の送迎4時間に仕事に毎日が振り回されているけれど新しい発見があると思って楽しむ…
・怪獣2号本人が彼なりの力を発揮してくれることを信じる…

送迎に1日4時間…

この1週間、怪獣2号、養護学校卒業後の進路先実習で、学校ではなく、とある生活介護施設に通所しています。

直線距離にしたら4~5㎞、車でなら30~40分で往復できるのですが…

実習中というのもあり、公共交通機関で通っています。

これが凄く不便で、2番目に近い駅まで20分歩く→路線バス20分→10分歩く、乗り換え等含め合計1時間かかります。
片道1時間なので、1往復2時間、送りと迎えがあるので2往復で4時間!!!

送迎だけで4時間潰れると、流石にキツイです。。。

まだ2日目終了したところなのに、もうヘトヘトですし、この2往復だけで1万歩近く行くだけあって、足が…。更に、バス停から施設までの急な登り坂が影響しています。この坂を登るのに、毎回、私、息切れ状態です。

5日間の辛抱と思ってどうにかやっていますが、本当にここに通う事になったら、流石に車を使わないとかなぁ…と真剣に悩んでいます。

当初は、実習中の本人の様子ばかり気になっていましたが、本人の事を第一に…と思いつつ、流石に毎日の送迎を考えると、移動距離や手段もしっかり考えないといけない…とシミジミ思うところです。

何かと対応に手のかかる怪獣2号、当初実習中5日とも実習先では担任が付添予定でした。1日経って「3日かな?」という感じでいましたが、いざ2日目が終わった本日、「明日から担任の付添なし」になりました。あと3日間、施設スタッフだけでどれだけ対応できるかを見られるようです。これには、私は勿論、付き添っていた担任もビックリ。担任は、付き添わない代わりに学校へ勤務するわけですが、帰宅時(途中まで一緒)に話していたところ、学校へ行っても、怪獣2号が気になって仕事にならないかも…とおっしゃっていました。
1日目の昨日は私もそうでしたので、想像つきますが…。

果たして明日から残り3日間、どうなるのでしょう?もう未知数だらけです。

ただ、いつまでも担任が一緒では、その施設で対応できるか判断できないので、何をやらかそうが必要な時間であり、あとは本人を信じるのみです。

怪獣2号の色々な姿を見てもらい、判断してもらうしかありませんね。。。

あと3日、4時間送迎頑張ります。

振り返る時間…

午後から、怪獣1号2号の出産時から15年お世話になった大学病院での「未熟児の親の交流会」に参加し、帰りに、そこから徒歩圏に住む妹夫婦の家に寄り道していました。

交流会は年3~4回開催されているものの、私自身、1~2年に1度しか参加できません。それでも、私にとって、ココに参加する事は、目の前の事に追われすぎて忘れがちな、17年前双子がNICUに生後半年入院していた頃の『初心に帰る』ために必要であり、貴重な時間です。

子供年齢的には私が一番上ですので、これからの怪獣1号2号の生活にとって得るものは直接ないことがほとんどですが、私自身の『心の整理』という見えないものをたくさん持ち帰っているような気がします。

その後寄った、妹夫婦のところで、予定外に長居してしまいました。こちらも日頃なかなか会えないので、姉妹で調節話す貴重な時間でした。仕事お疲れの義弟とも久々に会えましたし。。。ネットが普及しても、やはり直接話すと違いますね。相手の顔色も見えることですし。…と、一見当たり前の事を考えていました。

今日は電車移動のため、久々に東横線~井の頭線乗り継ぎしましたが、渋谷駅の乗り換えは、東横線の駅が新しくなってから未だ全く慣れません。。。

朝から疲れが抜けなかったのですが、重い腰上げて出かけた甲斐がありました。
関係者のみなさまお世話になりました(^^)。

怪獣2号修学旅行at沖縄

県立の養護学校高等部3年の怪獣2号、2泊3日の修学旅行が無事終わりました。
飛行機で沖縄まで行っていました。(私が南は鹿児島までしか行ったことないのに…。)

生活全般に何かと介助の必要な怪獣2号が不在ということで、学校送迎が不要なことに始まり、食事に服薬にお風呂に…と手をかけることもなければ、朝からあれこれ騒ぐことも急かすこともなく、日ごろの家事育児や精神的負荷は、半分以上怪獣2号で占めているのではないか?と思うほど、ホケーとしていた3日間でした。その分、学校の先生方はさぞかし大変な3日間だったのではないかと思いますが…。

…生活全般に介助が必要というのは、私というか我家にとっては日常化しているとはいえ、やはりそれなりに精神的にも体力的にも時間的にも「荷」にはなっているのかなぁ、と実感しました。(「荷」というのは正でも負でもなく…という意味で。)

在籍しているのは神奈川県立の養護学校なのですが、HPが充実しており、修学旅行の様子も速報として数時間に1回ペースで更新されていました。(高等部長と分教室長がUPしていることになっていますが、ちょうど怪獣2号の担任がHP掲載写真の撮影担当なので、その3名で分担しているのかな?)画像・文章に加え、おまけの動画まで掲載され、そこそこ充実した速報となっており、ありがたい反面、全てネットでわかることに凄い時代だなぁ…と思うことも(笑)。

沖縄では3日間天気に恵まれ、観光に、体験に、海に、バーベキューに…、HPをみる限り、予定通り、様々な経験をしたようです。HPで見るだけでも、浜辺と海と空の色が違います。羨ましい限りです。環境変化に弱い怪獣2号なので、心配は尽きなかったのですが、10年ぶりに乗った飛行機でもトラブルなく、怪獣2号にしては順調な3日間を送れたようです。3日目の解散式の後、帰りたがらなかった怪獣2号、終わってしまう寂しさを彼なりに感じていたのかな、という感じでした。

しかし、昨年の怪獣1号といい、今年の怪獣2号といい、どうして私の行ったことないところばかり先に行くかなぁ…。
(怪獣1号通う私立高校は高2の11月に台湾へ行きました。)

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