19歳にして日本脳炎Ⅳ期終了

我家の怪獣1号2号、現在19歳。

公的予防接種で唯一終わっていなかった「日本脳炎Ⅳ期」(旧2期)、本日接種。
これで公的予防接種がやっと終了しました。ふぅ。

この世代は、3~4歳頃にワクチン接種中止になり、そのまま放置していたところ、10歳頃になって「今から20歳までに接種してください」なる救済措置になっていました。そのため、7歳下の怪獣3号の接種に合わせて進めていたのですが、最後5年空けるところを7年弱空けてしまい、しかも20歳までに受けなければならないのもあり、今日の接種となりました。

中学生の時に麻疹風疹混合が追加されたり、まあイレギュラーはありましたが、どうにか期限内に全て終了し、ならぬ、やっと終了し、ホッとしています。

怪獣2号も、引っ越してから約6年今の内科にお世話になっていますが、先生や看護師さんや受付の方にドドドドドド…と話しかけるのは変わりませんが、待っている間は、小児用のちょっと離れたところならじっといられるようになりましたし、接種中「だけ」は静かにして全く動かなくなり、先生も(この口多動な怪獣2号とのやりとりは全くもっと困っているのはわかるものの)接種の時にじっとできるようになったことだけは評価してくださるので、どうにかなっている感じです。
やはり「接種の時じっとできない」というのは、小児科の先生ならまだしも、内科の先生には対応しきれないのは無理ないかなぁ、と。
(それでも最初の頃はちょっと無理してお願いしていたのですけどね。)

7歳下の怪獣3号ですら、予防接種の内容が少なからず変わっているので、今の赤ちゃんは一体どれだけ打つのだろう?と思ってしまいます。

怪獣3号も、13歳未満まで接種の二種混合と日本脳炎が残っていましたが、先日二種混合接種したのであとは日本脳炎を打てば終わりです。

公的接種が終わり、解放感満載です。怪獣2号の接種にスタッフ4人がかりで打っていたころが懐かしくもあり、大変でもあり、よくあの状況で接種してくれたなぁ…と、当時お世話になった小児科の先生方には感謝しかありません。

怪獣2号の第七感?

施設通所の怪獣2号(重度知的障がい)、1人通所ができないので、火曜日の朝は隔週でガイドボランティアさんと出かけて行きます。
(正確には行く・帰る「だけ」ならできるのですが、イレギュラーがあった時に1人で対応ができない…です。)

先週火曜日、事故で9時半頃東横線が一時止まりました。
私は実家行きの日だったので情報収集する間がなく、菊名~横浜間が止まっていることしか気づいていませんでした。

今朝、同行してくださるガイドボランティアさんから聞いて知ったのですが、実はちょうど2人が最寄駅に着いた時、事故直後で東横線がホームに停車して発車できずにいたそうです。それを見て、怪獣2号はパタッと動かなくなったそうです。いつもより静かに様子をうかがっている感じ。菊名止まりながら発車することになってからも暫く様子を見ていたと。そしてボランティアさんに促されて電車に乗り、施設最寄駅で降りてからはいつも通りに戻ったそうです。

そのボランティアさんとの通所時の交通エラーは初めてだったので、その方も怪獣2号のそのような様子は初めて見たと。
視覚情報は強いのですが、アナウンスを聞いて理解はしていないと思われるので、電光掲示板を見て単語を繋いで解釈したのか、周囲の様子を見て何かを察したのか、第七感が発動したのか?

予定外の事が起きると、通常は声が出たり、落ち着かなくなったりするタイプですが、今回は、真逆だったようです。
…というか、公共の場でのイレギュラーは意外と落ち着いている気がします。

第七感か視覚情報かはわかりませんが、察して動く力がついてきたのなら嬉しい限りです。

朝からふむふむ…と思ったので、備忘録的に。

13年経っても変わらない先輩方

28日火曜日ですが、怪獣2号(重度知的障害・自閉症)が養護学校小学部入学時からお世話になっている(スクールバスのバスポイントが一緒)先輩お母さんと、2年ぶりにランチしました。

うちが小1で入学した時、既に中1と中2だった先輩方。
同じバスポイントということで、自宅自体も近く、お子さん方のこだわり度なども似ており、在学時には色々話をしていました。
ただ卒業してしまうとなかなか会う機会がなく…。

2年前に怪獣3号が、その先輩方の施設に実習に行くことになったのを縁に、?年ぶりに会ったのですが、それ以来です。

初めて会ってから既に13年経過。
久々に会っても、当時と変わらず、すんなり話せることがありがたいです。

同じ養護学校に通っていた子ども達の話から、兄弟児の話(といっても我家以外は兄弟も既に社会人)、(年齢的に)親の介護の話になったり。
初めて会った小1の時に怪獣3号が生まれているので、皆には「あの赤ちゃんが中1!」と驚かれたり(笑)

養護学校卒業した本人達は、介助レベルも同じぐらいで、施設としては皆「生活介護」。
今でも送迎があったり、ショットステイやヘルパーさんの利用など、「必要なこと・ものが似ている!」からこそ、久々でも会って話をしたいと思うし、変わらず話せるのかな?と思っています。

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話をしていて、怪獣2号は、周囲のサポートを使っている方なのかな?結構無茶して導入したかな?と実感しました。
移動介助週1・身体介助週1(いわゆるヘルパーさん)、ガイドボランティアさんは2名。

養護学校卒業後半年以内にヘルプの手段を増やしていたこと、その早さに先輩方には驚かれました。
確かに、見切り発車も含め、この1年で色々導入していたなぁ…と。

今の自宅・実家事情ではヘルプがマストアイティムですからね。
先輩方と話せて、(先輩方の同級生などの)新しい情報や、もっと大変な情報など得て…。

さて、私も頑張らなきゃ!

と思った火曜日でした。

*自宅近所のカフェにて。

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イベント続く1週間の始まり

ついに3/18になりました。

今週は、日替わりメニューでイベントが続きます。

・次男の実習
・三男の小学校卒業式・ヤマハグループ発表会・個人レッスン
・私の仕事・研修・実習送迎

元々重なっていた時期に急遽実習が入り、さて…な状態です。
先に延ばしても益々スケジュールが読めなくなるので、重なるなりにどうにかする(させる)ことにしました。ガイドヘルパーさんガイドボランティアなど、様々な方にお世話になります。

私が必須なところから優先的に動くしかありません。

ふと思うと、何故こんなに重なるのか?と思います。
実際、実家の対応まではとてもできません。

でも、昨年色々重なって断念した悔しさが沢山あります。
だからこそ、同じような状態でも、「今年はどうにか乗り切る!」とスイッチが入っているのかと思います。

手を抜けるところは抜き、頼めるところは頼み、私が出来る限り無理なく動けるように。
今週が正念場かもしれません。

1週間「平常心を忘れずに」進んでいきたいと思います。

スタッフの手が増やせるか?

怪獣2号は生活介護施設に通所しており、基本、毎朝夕、私が車で送迎しています。

養護学校時代には放課後ディサービス(障がい児の学童/放課後の居場所)を利用していたので、フルタイムのような勤務もできましたが、卒業するとそれも使えず。

とはいえ、私1人で週5朝夕の送迎も厳しく。
朝は週1、養護学校高等部時代からお世話になっている「ガイドボランティア」さんに続けてお願いし、帰りは昨年8月から週1「ガイドヘルパー」さんにお願いしてきました。

それでも、怪獣3号の学校行事、夫・実家の父・弟の病院呼び出しなど、迎えができないことも多々あり、その時は、施設での延長預かり・ボランティアさん・ヘルパーさんに綱渡りお願いしながら、どうにかここまで来ました。

しかし最近、それでも他の足りないことが増えてきて…
今回、港北区社会福祉協議会通して新たな「ガイドボランティア」さんを紹介していただき、今朝、初めてその方と初めて通所しました。怪獣2号は、走ったり飛んで行ったりはなくなったものの、すぐヒョコヒョコ歩くので、今まで瞬発力のある?走れる?方にしかしお願いしていなかったのです。今回初めて60代?な方。ただ、作業所でボランティアもされている方で「任せて大丈夫」とコーディネーターさんからは伺っていたので、それでも今日はやはり不安で…。着くまで私の方が心配で手がつかない状態でした。問題なく無事着いたようでホッとして今書いています。

実はうちから徒歩圏にお住まいな方だそうで(町内会が違うので知る機会がなかっただけかも?)、これからゆっくり関係性が積み上がっていけたらな、と思っています。

父も弟も、私の仕事も、夫も4月から動きがありそうなところに、怪獣3号の卒業・入学も控えた今。
私の手が足りなくなることだけは明らかで。
怪獣2号に関わるスタッフの手を増やすことも早急な問題の1つ。
難しいですが1つ1つですね。

怪獣1号2号19歳になる!

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既に1週間前になりますが、2/8、双子が19歳になりました!

超未熟児650gで生まれて、生死彷徨って、NICUに半年居て…

グレーゾーンで高機能自閉症の長男、重度知的障害と自閉症の次男。
サイズは19歳、ならぬ、いわゆる痩せ型の大人ですが、他はそれぞれなりのフォローが必要です。特に次男はどこへ行くにも付き添いが必要ですし、すぐ不安定になりますし、まだまだなかなか大変です。とはいえ、これも生きているからこそ起きること。そう思ってここまで来ました。

特に高校・養護学校高等部卒業後の4月以降、就職なり施設通所になり、行動場所や範囲が変わり。
それぞれが頑張っている、成長していると思いつつ、私の負荷も増えるばかりで、日々苦しいことも多いです。様々な福祉的手段を増やしつつ、どうにかやっているところです。

一難去ってまた一難の日々ですが、彼らなりの変化を見守りながら、親子とも一歩一歩進んでいきたいと思います。

3連休3日めの2/11に、やっと誕生会ができました。
ろうそくを19本立てる気もなく、9本でも多いので、本数と年齢は無関係です。
もう19年なのか、まだ19年なのか…

1/7平常運転開始

話が前後しましたが、2019年になり、家族全員やっと平常運転となりました。

 

長男だけは1/4が仕事始め、夫と次男と三男は1/7からのスタートでした。
当然ながら、私のスタート(送迎開始)も1/7です。
私の場合、仕事1つ休職にしたので、仕事始めは1/12です。

 

初日早々、予定変更、1/8と1/10の次男の迎え調整が必要になり、ドタバタしていました。
幸いどうにかなりそうですが、新年早々綱渡り生活です。

 

私は、短時間なりに仕事が当たり前な生活をしていたので、1/1から1週間も仕事休んだら何故か違和感があります。慣れは怖いです。今は仕事減らした分、休める時に休んで、動く時にしっかり動けるように…です。

支援学校高等部選抜の時

最近、私のブログのアクセス数で、連日上位に入るのが以下の2つ。

横浜市立高等特別支援学校(高等特支)の選抜ー備忘録
神奈川県特別支援学校高等部(B部門)の選抜ー備忘録

今回の選抜の日程、実は調べていません。
卒業してしまったので、わからないのが事実です。

ただ、例年、
前者が12月第1火曜水曜の2日間
後者が12月第1木曜の1日間
に行われているので、そろそろかな?とは思っています。

既に4年前の内容なので、現在の状況はわかりません。
ただ、アクセス数の多さから、情報収集する方の多さを感じています。

我家にしてみれば、受検=大騒ぎしかありません。
夫が緊急搬送、入院中。
父も緊急搬送、受検直前に退院。
あの時は、乗り切れたのか、無理矢理乗り切ったのか、未だにコメントできません。
当然、受検しましたが、付き添う私の心は、受検どころではない、と、受検放棄できない、が葛藤していました。ただでさえ双子2人分、3日連続受検。よく重なったなぁ…と。

受検する皆様の進路が無事決まることを願っています。

怪獣2号と施設の温度差

10/9火曜~12金曜の4日間、怪獣2号、生活介護事業所へ現場実習に行っていました。要は体験入所のような感じです。

結果から書きますと、不採用といいますか、不合格といいますか、断られました。

何より「人」が気になる怪獣2号。
活動そのものはできるものできないものありますが、それより「人にかまってほしい」が大きすぎるのです。嫌な活動があれば、怒ったり、声を上げたり、頭突きもします。結局、1人で居られないといいますか、スタッフが次男に対して1人かかりっきりになると、施設として機能しなくなるからです。
基本はこのことがネックで断られるので、今回も「またか…」という感じです。

それでも今回の施設スタッフは、怪獣2号に対して様々なアプローチをしてくださって、反省会でもその辺り含め、色々話してくださったので、その点は感謝しています。
「うちでは無理です。以上。」みたいな施設もありますからね。

結局は、大きく騒ぐことなく、切り替えができて、スピードに関係なく活動に参加できることが優先…仕方ないですね。運営する側としては当然といいますか。

すんなり切り替えできて、突然怒ることもなく、スムーズに動けていたら、日常生活苦労しませんよ。正確には、家での生活にはそんなタイムスケジュールはないから困らないですし、教えることもできない。時計が読めなくても、起床・睡眠は休日でも狂わないし、朝も時間になれば降りてきますからね。時計そのものなのか、テレビの時計表示か、テレビ番組・内容で判断しているのか。(数字も文字も読めるので。)

昨年からずっと思っていることですが、定員に関係なく、そもそも、「次男に合った施設」が存在するのだろうか?ということです。

実習のために受験勉強ならぬ実習対策をして臨むものなのか、施設の流れに合わせられる力がつく(成長する)までは通所を断念するしかないものなのか。

生活介護施設といっても、スケジュールがきちっとしているところから、かなりフリーなところまで様々なので、一概には言えませんが、「卒業したら施設に行かせることが全てなのか?」という根本的なところでわからなくなってきました。いくら良いと思われる施設があっても、送迎ができなければ、送迎で私が倒れてしまうようでは意味がないと私は思っています(←これは親のエゴなのか?毎回悩みます)し、入れたとしても本人が施設で常に不愉快な思いをするのでは意味がないと思っています。

学校は在宅を避けるべく、進路先を一生懸命探してくれますが、親子にとってそれが疲れる環境なら「無理に通う必要はない」と思っている私がいます。現在の通所先が残り半年を切った現在、進路への考え方含め、根本的に「作戦練り直し」という感じです。

実習の度に、「本人を機嫌よく現地まで送り込むこと」に神経を使うため、毎度ながら、実習が終わると、私自身がグッタリしてしまいます。現在もその状態で、金曜夜から疲労感が全く抜けません。仕事休みの今日も怠くて仕方ありません。困ったものです。

怪獣2号の現場実習

我家の次男は、この3月に養護学校高等部を卒業し、4月から生活介護事業所へ通所しています。
ただし、高等部卒業までに正式な行き先が決まらず、今の通所先は1年限定、暫定処置なのです。

ここまでは今までに書いていたかと思います。

そのため、浪人生状態の次男は、4月以降も、毎日今の事業所に通いつつ、他の生活介護事業所の見学なども細々と行なっています。
卒業した養護学校の進路担当・港北区保健センターのケースワーカーさん・今の通所先の窓口スタッフ・相談事業所のスタッフ(介護でいうケアマネジャーに相当)、関係する皆様にお世話になりながらいくつか回りましたが、気づいたら今年度も残り半年になってしまいました。元々はどこの施設にも空きがないこと、次男の特性に合った施設がないこと、地理的な問題(送迎含む)など、色々諸条件が重なり、困難を極めています。

そんな中、今週、今日から4日間、とある生活介護事業所へ実習となりました。
幸いなことに、昨年度4カ所(も)実習に行ったのですが、それらと比べても、1.2を争う近さです。
近いと行っても、車で20分、公共交通機関で40分かかります。

自閉症の強い子なのですが、幸いスケジュールは把握してくれたようで、今週は別の施設、毎日通っている施設は来週15日月曜から、というのは頭に入っているようです。問題なく現地に辿り着き、しかも見学や面談で2回行っただけなのに、駅からの道を覚えていたことにも驚きました。
いざ現地に着いて、お願いしてから、私はしばらく建物の外にいたのですが、早速、いつもの怒り調子な大声が出ていました。今までの状況や彼の特性から、初日からすんなりいくとは全く思っていないので、実習では彼の長所短所(良くも悪くもいつも通りの様子)が出てくれれば良いかな?と思っています。慣れた頃には実習終了でしょうしね。

現役の時から数えて今回で5回めの実習。
親の方が落ち着かないのも変わらないです。
今日は自宅に戻る気もせず、施設近く?のショッピングモール内にいました。(買物でなく、読書か書き物か仕事関係です。)

さて、そろそろ迎えに戻ります。初日どうなっていることやら…。

注)頭に入ることと理解することは別なので、それで消化できなくてパニックになることもあります。

画像は、次男の実習時間中に私が寄っていた「トレッサ横浜」北棟より。
アンティークな感じの吹き抜けが気に入っています。

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