療育手帳最終判定(その1)

本日、怪獣1号の療育手帳(知的障がいの手帳)の最終判定が行われました。

療育手帳の場合、年月と共に状態が変化するため、原則として、10歳までは2年に1度、その後18歳までは3年に1度、再判定を受けることになっています。ここまでは管轄の児童相談所で発達検査を受けます。そして18歳4か月に最後の発達検査を受け、この結果が将来的な数値(区分)として確定します。最後の判定は更生相談所になります。

怪獣1号2号とも、2000年2月生まれのため、18歳4か月である2018年6月が最終判定となります。

最初の判定こそ同日に行ったのですが、諸々の事情で判定時期が少しずつずれて、気づいたら2人の更新手続きは何故か1年単位でずれていました。そのため、毎年交互に児童相談所に行くような状況になっていました。ところが、最後は年数に関係なく年齢で区切られたため最後になって同時ということです。

とはいえ、2人の程度が全く異なるため、当然、検査内容や時間も異なります。(発達検査の種類も異なるはずです。)そのため、同じ6月中とは言えども、2人の検査日時は別にしてもらいました。怪獣1号は本日、怪獣2号は月末です。

手帳更新のための発達検査の場合、検査結果(正確なIQ)は教えてもらえないため、正誤状況などはわかりません。ただ、子供だけで検査を行った後、親からの生活面の聞き取りなどが行われるのですが、その時の話では、「全体としてバランスよくできていた」ということでした。

自閉症の子は、得手不得手の差が大きい場合も多く、検査の種類によっては、怪獣1号もバラツキが出やすいものもあります。ただ、前回再判定の発達検査後にも同じようにバランスの良さは指摘されていました。前回詳しく説明していただいた内容からすると、

・典型的な自閉症の思考回路ではない
・通常の思考回路で正解に辿り着こうとしているが知的面の弱さで答えに辿り着かない

ということだそうです。要は通常発達の方の思考を右回り、自閉症の方の思考を左回りとすると、怪獣1号の場合、少なからず自閉症はありつつ、基本的に右ルートなものの、その少し手前で止まって正答に辿り着かないということが多いそうです。正解かどうか、という見方とは別に、どちらのルートで考えているか、そのルートでどこまで進めるか、という点をみていくのが本筋のようです。怪獣1号には「じっくり考える時間を与えてください」と。前回は中3の半ばにこのこの検査を受けたこともあり、高校進路については本当に悩みました。既に卒業しましたが、結果として、高校は本人の適正に合っていたのかな、と思っています。

今回も同様な意見をいただきました。
怪獣1号は、親がレールを敷いてしまえばその通りできるのはわかっています。
しかし、普通の同年齢の方より考える力が少し弱いのも明らかです。
だからこそ、「自分で考え判断する力」を身につけていけるよう、その結果「自立」できるよう、親や周囲の「ヒントの与え方」がポイントなのかな、と改めて感じたところです。

これからも、彼のペースなりに1つずつ一歩ずつ進んで行って欲しいです。

家族と仕事と時間とのバランス

私の前職の最終勤務(3/18)から3週間が経ちました。(退職日は3/31なので…。)

4月から別の仕事を始めましたが(この件は別途書きますね)、今は家庭事情もあり土曜日だけ勤務状態です。当然ながら、平日は、私が家にいる時間が増えました。
(逆に土曜日は、夫が透析、怪獣1号は出勤の時あり、怪獣3号はピアノ、私が仕事。怪獣2号以外交代で不在という事態になりました…。)

…とは言っても、怪獣1号2号が12年の学生生活を終え、生活が一転していることと、手続き等が未だ完全には終わっていないため、今はまだ、送迎含め、毎日、何かしら予定がある状態です。

それでも、今まで、週4、1日6時間近く仕事をしていたため、諸々を差し引いても家に居る時間が以前より増えている事は事実で、また、「怪獣3号が学校から帰宅する時間に私が家にいる」確率は確実に上がっています。

怪獣3号は小6男子なので、最初は「お母さんが毎日家にいるのは…」など言っていたのですが、いざ、一緒にいる時間が増えると、それはそれで嬉しいのか、家で甘ったれることが増えた気がします。当然、親子で話す時間も増えた気がします。
怪獣1号2号が高校を卒業し、4/2から毎日仕事なり通所なりで春休みから不在なことも少なからず影響しているかもしれません。

振り返ってみたのですが、怪獣3号が小学校入学時には、私は別の仕事をしており、放課後はキッズクラブの延長預かりを利用し、19時迎えをしていました。その小1の3学期に夫が尿毒症・緊急透析で2か月半入院し、それを機に私は仕事を辞めました。しかし、小2の夏に私が3週間入院し、11月には夫が急性腹膜炎で救急車搬送になり1か月入院と続きました。さらにこの時は双子の高校入試の年でもあったため、そちらに時間が取られていたのもあります。そして、小3の4月からこの3月に退職するまで、私は再び仕事をしていましたし、小4後半からは、仕事時間数を増やしていました。

そうやって振り返ると、実は、怪獣3号には、入学時から何かと「親不在」な状況が続きすぎていたのかな、「今」その分の時間を取り戻しているのかな、と、ふと思うことがあります。

怪獣3号は、今まで何があっても寂しいと言わず、逆に、私に力を与えてくれるような、私の疲れを飛ばしてくれるような「名言」をたくさん発してくれました。毎回、どこからその言葉が出てくるのだろう?、と不思議に思うほどでした。入院や緊急搬送の時は、一時的に泣いたり不安定になったことはありましたが、それを一生懸命我慢している姿も見ていました。そのため、小学校の児童支援担当の先生と担任の先生には、常にフォローをお願いしてきました。担任の先生もよく見てくださっていて、何かあれば電話連絡くださいました。しかし、それは、家族に関することではなく、クラスで何かあった時に「心の優しい対応をしていたので家で様子を見てほしい」というものばかりでした。

小6男子なので、基本的に親、特に母親と一緒にいるのは嫌がっても不思議でない年頃かと思われるのですが、最近、ひょこっと隣に来て、色々話していくことが増えた気がします。単に甘えたいのかな、と思う事もあれば、ピアノやエレクトーン含む音楽の話をすることもあれば、妙にしっかりした考えや思っていることを話すこともあります。逆に大笑いするようなことを言い出す時もあります。

そんな時間を過ごしていると、怪獣3号のために仕事を辞めたわけではなかったものの、結果として、「怪獣3号が落ち着いて安定して過ごすには(リセットも)必要なことだったのかな」と思うこの頃です。今までの5年間、常に寂しい想いをしていたわけではないと思っていますが、今の私の状況が、今の怪獣3号にとって、少しでも有意義な時間が過ごせれば、と願うところです。

我家の場合、私が入院した際に、我家が回らなくなることが残念ながら証明されてしまいました。家事自体は家族以外にお願いができても、夫が仕事しながら透析等自身の体調管理も必要な状況下では、重度障がいと自閉症をもつ怪獣2号について、家の中での対応は怪獣1号3号が少なからずフォローできても、通所等の日常生活や送迎、そして関係機関とのやり取りを含めると、親、特に母親である私以外では物理的に対応できないのが現実なのです。
だからこそ、怪獣2号については、長期短期含む入所やヘルパーさんの利用など、福祉制度をいかに取り入れていくかが今後の課題だと思っています。

家族事情が複雑すぎる現実があるため、その中で家族皆が安定して過ごしていくには、私自身が「家庭と仕事と時間とのバランス」をどうとっていくのが良いのか?、ますます難しい問題となりそうです。

2018年度活動開始!

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今日から双子揃って新生活がスタートしました!
高校を卒業した怪獣1号は就労先へ、養護学校高等部を卒業した怪獣2号は生活介護施設へ、それぞれ通います。

初日の今日は、朝から何となくドタバタし、時間感覚が掴めないまま1日が終わりました。私も怪獣2号の送迎再開ですが、今日からは基本車移動になりました。(ステップワゴンになってから毎日運転するのは初めてです。とはいえ1日2往復トータルでも24km?)
12年ぶりにガラッと変わるので当たり前なのですが、新しい時間と動きに慣れるまで、親子とも暫くかかりそうですが、とりあえず初日が無事終わってホッとしています。
(…とはいえ、先程まで歯医者にいたので、現在、麻酔で喋りにくいは食べれないは…)

今日だけは私自身の予定も送迎だけにしたのと、怪獣3号と2人でゆっくりできるのが春休み残り今日だけでしたので、昼間は2人で徒歩5分にオープンした「アピタテラス横浜綱島店」へ偵察に。
何故かワクワクな怪獣3号。1階2階と一通り回り、キョロキョロしていました。どこも想像以上な混み具合で、当然、近所の方や怪獣3号の友達にも会いました。母としては、彼の必須アイテム「コロコロコミック」の売り場チェックしていたのが一番笑えました。
350席あるはずのフードコートは満席で、更に人が溢れていました。お昼をココで食べる気満々だった彼は残念がっていましたが、代わりにちょっと贅沢なお弁当を買って帰宅。どうやら春休み中と週末は避けた方が良さそうです。

画像は、アピタテラス正面の緑なフリースペースからの空と、我家玄関先の満開のパンジーと、隣家との間の砂利スペースに咲いていたタンポポです。

2018年度スタート!

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今日から4月。

高校と養護学校高等部で学生生活を終えた双子は、今日から揃って社会人?。2人とも新しい行き先は明日からなので、まだ新年度いう感覚になりません。怪獣1号の通勤定期も買っていないし…。怪獣3号は遂に小6。身長とピアノのレベルは着々と私に追いついてきましたが、他は最高学年になって大丈夫かしら?

私は、明日から12年ぶりに怪獣2号の送迎先と時間が変わるため、新しい生活パターンの組み立て中です。明日からの1週間で組み立て終わるかな?今年度は遂に小学校でPTA委員を受けたので、小学校に行く機会は増えそうです。

この1週間、様々な事で最終回を迎え、毎日のように涙していました。
退職・卒業で不要になったものをごっそり処分し、家の中は大分スッキリしてきましたが、心の中がスッキリするにはもう少し時間がかかりそうです。

画像は玄関先のチューリップ。
今春は定番でない品種にしてみました。
桜もですが、こちらもこの週末が満開かな?

終了と始まりと…

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今週は、4月から居場所の変わる双子2人分の、新旧生活場所への挨拶と手続きだらけです。朝から電話メール等対応の他、今日は、横浜市港北区・横浜市鶴見区・川崎市幸区の近隣3区を電車バス移動していました。車の方が絶対的に速くて楽なのですが、移動も気分転換になるので良いものです。

何があるわけではないのですが、途中、鶴見川河川敷へ出て、暫く物想いにふけってボーっと眺めていました。

思うようにいかないこと、想定外なこともたくさんあって、双子のことは学校にも施設にも、それぞれ入学から卒業まで無理無茶言ってお願いしてばかりしていたと私は思っているのですが、逆に、どこのスタッフからも「お母さんの都合のつく時でいいから‼︎」「お母さんが倒れないように‼︎」と言われ…。

双子で2人とも障がいあるから、私にとっては4倍動くのが当たり前、そこまでは(その時の心身状況は別として)当然の事と思って思い込んでやってきたのですよね。だから、3年半前に入院したときお世話になったリエゾン看護師さんに「私の頑張るは他の方の頑張ると違うから」と言われてもピンと来ない、ならぬ、考えないようにしてきました。

でも、側から見て無茶しているように見えるのならば、せめてそれを周りに見せない程度の余裕が必要なのかな、そんなこと物理的に可能なのかな、と思ってみたところです。そう思いながら過ごす事が大切だと思っていても、現実はきっとバレてしまいます。毎日のことですからね。だから、せめて「心の中だけでもゆとりが持てるようにしたい」な、と。

画像は本日ボーっとしていた鶴見川河川敷からの風景です。

この後にも、銀行で手続きに追われて1時間半以上銀行に居た、とか、ファイルを買って整理していた、とか、歯医者に行った…などと続きましたが、流石に画像はありません。

怪獣1号高校卒業式+α

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3月初日。

怪獣ども三者三様にイベントありな1日でした。

まずは一大イベントから。

怪獣1号の高校卒業式でしたcherryblossom
春の嵐が去り、晴天の中、無事終わりました。
なんと、3年間皆勤賞で、賞状と特別報奨までいただきました。(親もビックリ!)

最後に担任といつも一緒な仲間たちと写真撮影大会camera
仲間に恵まれた3年間だったのだなぁ…とシミジミ。

来週卒業式の怪獣2号は、(親は参加できませんでしたが)養護学校で「卒業生を祝う会」が行われましたpresent

次の日曜日がヤマハグループ発表会の怪獣3号は、今日も合同練習notes
後半は初めて親に公開演奏でしたので、私もセンターへ行き聴いて撮影してきました。なかなかの仕上がりで本番が楽しみです。

4年前の今日も、怪獣3号は発表会直前練習でした。
小1で初めての発表会は歌って踊ってでしたが、小5の今回は「威風堂々」のアンサンブル、オーケストラバージョン。毎年着々とアンサンブルレベルが上がっているなぁと今日もシミジミ。

1日の最後に、お祝いとお疲れ様を兼ねて、いつもの回転寿司へdash

今朝からのイベントはこれで全て終了しました。
無事終わりホッとする反面、1日長かったですconfident

怪獣1号高校卒業を前に

明日、双子の兄、我家の怪獣1号が高校を卒業します。

彼の進路は親子でたくさん悩みましたが、福祉の枠の中ですが「就労」という道を歩むことにしました。ですから、高校生活最後、でもありますが、12年の学校生活の最後でもあります。

12年前、怪獣1号は公立小学校の支援学級、怪獣2号は県立養護学校小学部に入学しました。入学式の日は朝から大雨で、式は同日同時刻。夫婦で分担して参加しました。翌日から、朝は夫婦分担で送り、帰りは私が2人を迎えに行く生活が始まりました。その年に怪獣3号の妊娠出産があり、登下校付き添いをボランティアさんにお願いしながらの時期もありました。

あれから12年。。。

怪獣1号は、グレーゾーン・高機能自閉症なりに、小学校では全支援学級生活から全科交流(籍だけ支援学級で全授業を普通学級で受ける)まで経験し、中学校では理解ある先生方のおかげで部活にも参加し、高校は手厚い普通校に進みました。中学受験も高校受験も経験し、落ち続けて登校拒否になりかけました。
しかし、その結果進んだそれぞれの学校で、彼なりに充実した日々が送れていたのかな、正解はわからないけれどこれが最良だったのかな、と感じています。

同じ年月でも、子供にとっての12年は色々な意味で大きいものですね。。。このままでは12年の重みで眠れず朝を迎えそうです。

さて、卒業式は、天気予報通り、春の嵐となるのでしょうか?

双子だから続いて当然なのですが、来週は、怪獣2号の養護学校高等部卒業式が行われます。1週間後にまた同じ想いをするのかな?複雑な心境です。

怪獣1号2号18歳になる!

我家の怪獣1号2号が誕生日を迎えましたbirthday

親か子か…と言われた超未熟児出産から18年flair

当時を思い出すと未だ恐怖が先行し、この18年を想うと毎日が必死だったと。それでも、走り続けているうちに無事18年が経ちました。毎年誕生日の度にこう想いながらこれからも歩んで行くのかな、と思いますconfident

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実はここまでの文章、昨年と同じです。17を18に変えただけで。
毎年想うことが同じなのですよね。ただ、想いは比べることができないから、軽減しているのかすらわからないけれど。

「母体を優先します」と宣告されたときのこと、出産のとき、当時を切り取ってきたかの如く、今でもはっきりと覚えています。

2/7昼に急変して、夕方に武蔵小杉から三鷹に緊急搬送され、21時に母体治療中止の決断が出て、2/8早朝に生まれました。だから毎年2/7-8は眠れなくなります。18年経つのに。

18年前のこの日の夜、三鷹は雪が降りました。病室の窓から都庁が見えたのですが、そんな景色を見ながら、『何故、今、私はここにいるのだろう?』と呆然としていましたね。

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今日は夫も私も仕事で帰宅が遅かったので何もせず。お祝いは週末かなsweat01

Facebookを見ていたら、2/8は毎年何かが起きているようです。
大雪が降ったり、発表会のリハーサルだったり、制服作りに行ったり、インフルエンザな子が居たり、実習中の子が居たり…shock

それからすると、今年の2/8は、極々普通の日でした。ただ、明日2/9は怪獣2号が卒業遠足、怪獣1号は高校の最終授業。そして三連休明け2/13は怪獣1号が卒業遠足。その翌日2/14から怪獣2号が進路希望先再実習。2人とも『学校生活』自体が残りカウントダウンとなり、毎日が慌ただしいような、寂しいような、よくわからない感覚です。

1日が1週間の如く

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この画像は昨日15日(月)昼間の東戸塚駅前の空。
晴れているけれど、薄い雲が一面覆っているような。
私の今の心そのものを表しているようなので載せてみました。

今日16日(火)は2018年になってまだ16日めのはずなのに、新年早々毎日イロイロありすぎて、既に16週めのような感覚です。

今月は「今の状況」を見込んで、仕事を週3回にしたものの、毎回大きなこと(と私は感じていること)が続き、毎回の勤務が良くも悪くも今までより重く感じます。おかげで、週3回のはずなのに、週4‐5回勤務している時と、心の負担感はあまり変わらないような気がします。

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1月に入り、想定通り、怪獣1号2号の進路の動きが再開しました。
私の性格的に、「最良と最悪の事態」を想定していたので、そういった意味では想定内なのですが、やはり、『2人分の現実』を突きつけられると、心が追いつきません。

まず、12日(金)放課後に、怪獣2号の進路(生活介護施設)の現実が突きつけられました。希望全滅でした。そして15日(月)放課後に学校で緊急面談になりました。12日(金)に聞いた時は現実を受け入れられなかったようで、翌13日(土)になりジワジワ来て泣き出す羽目に。14日(日)に平常心で仕事をするのはかなり厳しかったです。
(平常心に見えていたかは第三者が判断することなので実際はわかりません…。)

自分では平常心のつもりでしたが、実際には、15日(月)、その日のスケジュールを全く把握していなかったことに気づいたのが当日朝。私の通院予約は忘れているは、怪獣2号の通院(処方箋のみ)も忘れていて、結果的に放課後に入れた怪獣2号の面談すら30分遅刻。
面談は進路担当の先生と担任の先生と2時間近く行い、そのつもりはなかったのですが、話しながら気づいたら泣き出していました。いつ以来かわかりませんが、涙を止めようとすると余計に止まらなくなる現実。先生方の仕事を増やしてしまったと思ったり、現実を受け入れきれていない自分が嫌になったり…。

その反面、「この結果には必ず意味がある!」と言い聞かせている自分もいて。

そして翌16日(火)の今日。
朝から仕事でしたが、平常心で仕事することが本当に辛い日でした。

しかし、夕方になり、怪獣1号の学校から続けて連絡があり、怪獣1号の進路(手帳就労)が急遽決定しました!
学校側が先方と調整してくださり、これから動く予定の矢先に、先方から内定を出してもらえることが急遽決まりました。それが決定後、学校側からすぐに私に連絡が来ていたのです。
ただ、これも紆余曲折あり、この日の最初の電話では受け入れ不可という話でして、他の施設なりの検討を相談するための留守電が入っていたのです。その後、時間を経て様々な事が急遽覆ったようで内定という形になったというのが現実です。

私は仕事で携帯を持てないため、その着歴に気づいたのは本当に偶然でした。
断って職場から抜けて学校に連絡し、直接電話で先生から先の紆余曲折の経緯含め色々説明を受けました。そして昨日と同様、話しているうちにボロボロ泣いてしまいました。(その時、私の近くにいた方、驚かせてすみません。)泣くつもりはなかったのですが、怪獣2号の件があった矢先のことでしたので、安堵も何も大きすぎたのかもしれません。

今日中の仕事が一部残っていたので、電話の後、そのまま職場に戻りましたが、目の腫れが残っていたのでしょうね。戻って最初に顔を合わせたバイトくんの顔には「大丈夫?」と書かれていました。悪い知らせで泣いたわけではないから、とだけは伝えましたが…。まあ焦りますよね。泣き晴らした顔で現れれば…。

諸手続きはこれからといえども怪獣1号の進路はこれでいったん落ち着きました。
逆に、怪獣2号は、ほぼ1からやり直し。検討すること動くことが山積みです。
しかし、怪獣1号も2号も、それぞれの学校の進路担当や担任の先生方に本当に恵まれ、感謝しかありません。今回の怪獣1号の内定も、怪獣2号のその後の動きが私の動ける最速日時で調整してもらえたことも、全て先生方のおかげです。

正直に言えば、今の状況、仕事も進路も、私にとってはキャパオーバーです。
しかし、(今日は進路の事ばかり書きましたが)仕事も進路も、本当に重すぎるものの、今、私が自分の足で立っていられるのは、周囲に恵まれたおかげです。
毎日泣きながらも、一歩一歩進むしかありません。

いつか「あの時は大変だったけれどいい経験だったな!」と思える日が来ると信じて、進んでいこうと。今はただそれだけを考えて。

長くなりましたが、今の心境を書き残しておきたかったので…。

振り返る時間…

午後から、怪獣1号2号の出産時から15年お世話になった大学病院での「未熟児の親の交流会」に参加し、帰りに、そこから徒歩圏に住む妹夫婦の家に寄り道していました。

交流会は年3~4回開催されているものの、私自身、1~2年に1度しか参加できません。それでも、私にとって、ココに参加する事は、目の前の事に追われすぎて忘れがちな、17年前双子がNICUに生後半年入院していた頃の『初心に帰る』ために必要であり、貴重な時間です。

子供年齢的には私が一番上ですので、これからの怪獣1号2号の生活にとって得るものは直接ないことがほとんどですが、私自身の『心の整理』という見えないものをたくさん持ち帰っているような気がします。

その後寄った、妹夫婦のところで、予定外に長居してしまいました。こちらも日頃なかなか会えないので、姉妹で調節話す貴重な時間でした。仕事お疲れの義弟とも久々に会えましたし。。。ネットが普及しても、やはり直接話すと違いますね。相手の顔色も見えることですし。…と、一見当たり前の事を考えていました。

今日は電車移動のため、久々に東横線~井の頭線乗り継ぎしましたが、渋谷駅の乗り換えは、東横線の駅が新しくなってから未だ全く慣れません。。。

朝から疲れが抜けなかったのですが、重い腰上げて出かけた甲斐がありました。
関係者のみなさまお世話になりました(^^)。

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